4235人が本棚に入れています
本棚に追加
後で返そうと名前を聞くが、ロビーにいた父親らしき男性が彼女たちを見て声を上げた。
「何してたんだ!飛行機に間に合わなくなる!行くぞ!!」
別の車に乗り込み、バタバタと行ってしまった。
「あ!すみません!名前!」
「暁人さま!!」
後ろから俺の名前が呼ばれて、振り返る小さな子の唇が小さく、良かったね、と動くのが見えて、彼女は父親に手を引かれて車に乗り込み手を振って消えていった。
いつか必ずお礼を言うのだと、彼女を探し始めたのはあくまでも親切には親切で返すべきと考えているからだった。
俺の手に残ったのはピンクのペンギン柄の傘だけで、隅に書いてある薄くなった名前を何とか解読する。
「さ、は、ら……ん?「ち」は間違いないな。ち…の後はなんだろう。」
ホテルのフロントで帰り際に世話役の久保に聞いてもらう。
「さはら」という宿泊客に助けてもらいお礼をしたいのでフルネームを教えて欲しいと。
当たり前の様に個人情報は無理ですと言われるが、同じ日本人、名前だけで良いと強気で詰め寄った。
そしてここは海外、チップを弾んで名前だけで良いと久保が耳元で囁くと、フロントの青年はこっそりと耳打ちしてくれた。
[サハラカツヒサさまです。奥様と五人のお子様を連れてお泊まりでした。]
それ以上は分かりませんと言われて、お礼を言いホテルを後にして日本に帰った。
捜してはみたが所詮子供、サハラカツヒサという名前は意外にいて、漢字が分からない為、探す事は困難だった。
茶原、佐原、沙原、左原、小原……案外、サハラっているんだなと思った。
そして情けない事に、記憶も時間と共に薄れてしまい、段々と思い出せなくなって行く。
古びた小さな子供用の傘だけがいつまでも俺の部屋のクローゼットにしまってあっただけだった。
最初のコメントを投稿しよう!