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愛娘の結婚
【前編】
俺は周りを気にすることなく泣いている。
この瞬間は、娘を持つ父親ならば泣かずに居られないのだろう。
白い綺麗なドレスを纏った娘が、事前に書いたのであろう三つ折りの線が入った紙を両手でギュッと握りしめて、それを見ながらしっかりと聞こえるようにゲストの皆様に挨拶をした。
「お父さん、お母さんへ
25年間、育ててくれてありがとうございます。無事に今日という日を迎える事が出来たのはお父さんとお母さんのおかげです」
(あの小さかった娘がぁぁぁぁ)
天真爛漫でお転婆な娘がこんなにも落ち着きのある綺麗な女性となって成長した姿に感動しない親は居ないのだろう。
「いつも影で私を支えてくれるお母さん、中学と高校こ部活で家を早く出る私に合わせて午前4時に起きてお弁当を作ってくれました。お弁当のおかずは栄養バランスが考え込まれてました。喧嘩した翌日、体調が優れない日、お弁当を作るのが億劫になる日でも構わずに6年間、作ってくれました。お母さんの美味しいご飯を食べて、風邪知らずの健康体です」
俺と違って、泣いてなかった妻が目元をハンカチで拭う。
「優しく時に厳しいお父さん、悩みがあると直ぐに気づいてくれました。酷く悩むと直ぐにお父さんが今日はサボろうと私を誘って一緒に遊びに出掛けた時もありました。その楽しかった日々を一生忘れません」
いつも元気な娘が人間関係に思い悩んだ時、表情が暗くて日常生活に影響する程だった。悩みを打ち明けてくれたら助けになるかもしれないのに、心配をかけまいと健気に一人で悩んでた姿を逆に心配した。
仕事を休んで学校を休んで、妻に内緒で遊園地に遊びに行く事を提案した。最初は、気乗りしなくてずっと暗い表情だったのが少しずつ娘らしい明るさを取り戻していくのが嬉しかったなぁ。
内緒のつもりが、いつも妻にはバレてて...それでも黙って見守ってくれたのも良い思い出だ。
「今日、私の隣で支えてくれる人はお父さんが幼い時から厳しく接した人です」
(ケッ)
悪態付けたくなるわぃ。何となくで感じ取ってたからな。あいつは、近い将来に可愛い娘を奪う...とな。
生意気に強い意志を持つ目で俺に挑み続けたその根性は...まぁ、少しだけ...ほんのり少しだけだが認めよう。認めようって部分が蚊のように小さな声になってしまうのは仕方ないだろう。
娘の挨拶は所々で感極まって涙声になりながらも気持ちを届けようとしてるのが伝わる。
娘が声を震わす度に、あいつが娘の背中を摩っている瞬間にギロっと殺気を込めたくなるのは愛嬌だと思っておくれ。その度に心做しかあいつの身体がビクついてるのも気の所為だ。
ムカつくからそのフッサフサの髪が後退しろと呪いをかけた。
「みみっちぃ呪いをかけるんですね」
急に背後から俺の耳元に女とも男とも言えない声質で囁かれる。驚いて1歩大きくその場を離れた。
「酷いですね。私のおかげで娘さんの結婚式が見れたのにぃ」
声質と同様で容姿も性別が分からない...だが、均等に配置されこの世の生き物と思えない程の整った顔立ちのこの方は、信じてこなかった神様らしい。
こいつの気まぐれで死者の世界で開催された抽選会に幸運で当たった俺が、現世に降りてきても悪霊化しないのは、この神様からの許可証をもってるからだ。
「それは感謝してるが、気配なく背後に立たられて耳元で話しかけられたら、気持ち悪くて条件反射であぁなるだろう。よって、正当防衛だ」
「神の私を敬う気の無い敬語無し...まぁ、いつもの事だし、どうでもいいですけどね」
少し拗ねた神様をほっといて、可愛いくて綺麗な娘の姿をみる。
「えっ、無視ですか?無視なんですか?」
(幼馴染でお互いを知り尽くしてると言えども他人同士だ。一緒に未来を歩むというのは簡単ではない。だが、あの2人ならば...)
「2人の式が終わったんだ戻るぞ」
「そうですね。そろそろ、時間が切れますし...やけにあっさりですね。他の人なら駄々を捏ねるのに...」
「駄々を捏ねても仕方ないだろ」
いつまでもここに居てしまったら未練が増す。我はもう生者の世界で済む資格は無いのだ。
成長した娘を眺める妻の傍で、生者だった頃の俺の写真が額縁に飾られてテーブルに立て掛けられる様に固定をされていた。
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