突然現れる者

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突然現れる者

 五塔大信(ごとうだいしん)が教室の違和感に気付いたのは、彼が小金台中学校二年生に進級してから一週間程経った頃のことだった。  小金台中学校ではクラス替えが行われるのは三年生の進級時である。よって二年生のクラス編成は一年生のときと変わりがないのだが、大信がいる二年三組の席数は三十八から三十九に増えていた。それだけなら何も異常というわけではない。春先から転校生や編入生がやってくるといった事情もあるだろう。  ただ不自然なのは、大信以外のクラスメイトはその増えた座席がまるで初めからそこにあったかのように振る舞っている、ということだ。全員が席に着いているわけではない朝はまだわからなかったが、大信が知っているクラスメイト全員が着席しても、なお彼の斜め前には空席があることに違和感は増幅する。  近くの友人に転校生が来るのかと話しかけたのだが……。 「そこって河合(かわい)ヒセさんの席だろ?」 「……誰?」  他の何人かの生徒にも聞いたが、返答はほとんど同じ内容だった。  大信は河合なんて名字の生徒がこのクラスにいることなんて知らない。それなのに皆はさも一年生の初めの頃からその「河合ヒセ」という女子生徒がこのクラスで学生生活を送っていたかのように語るのだ。入学式から夏休み、体育祭にも河合ヒセの姿はあったと言うが、大信はそのような人物と共に過ごした中学一年生の記憶は一欠片もない。まるで大信だけが彼女に関する記憶をまるごと取り除かれてしまったような状況なのだ。  何かがおかしい。しかしそれに気付いているのはどうやら自分だけである。春の陽気でボケてしまったのかと大信は自身の頭を抱えていると、教室の後ろのドアがそろそろと開かれた。ホームルームはまだ始まっていないが遅刻ギリギリの時間である。教室の大半の目線が今入ってきた人物に集まる。大信も視線を向けた。  そこにいたのは一人の小柄な女子生徒だった。クラスの中でも一番背が小さいくらいの身長だ。両手でカバンを身体の前に持ち、トコトコと歩くたびに雑に結ばれた黒髪のツインテールが波打っている。真っ直ぐ前に向けられた視線と妙に角ばった歩みで、例の大信の斜め前の空席に腰を下ろした。  ということは、彼女が―― 「河合、ヒセ……」  自然とその名前を呟いてしまった大信にヒセが振り向く。少し眠そうな瞼からのぞいている、黒いのに不思議と透明感を持つ瞳とぶつかった。  大信が言葉を続けなかったので、ヒセは小首をかしげて前に向き直る。お前は誰だ、と聞く隙はついに掴み損なった。  これが大信とヒセのファースト・コンタクトだ。  この世で最も静かで穏やかな、「未知」との遭遇だった。
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