突然現れる者

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 その日の大信の視線は河合ヒセを中心に動いていると表現しても過言ではなかった。  急に見知らぬクラスメイトが目の前に現れ、当然のように学校生活を送っているのだ。そうなるのも仕方がない話ではあるが、しかしそのような態度を取っているのはやはり大信だけのようで、男女問わずの友人が少なからず彼女の周りを囲んでいるのだった。彼女を知らない大信の方が、このクラスにおいては異常であるのだ。  そして当の河合ヒセは、どうにも気の抜けた少女というのが第一印象だった。授業中や休み時間でも彼女はどこかぼんやりとした表情で、教室の前に張り出された時間割の辺りを見つめるときが多いのだ。何を見ているのかはわからないし、何も見ていないのかもしれない。口数も少なく、歯科医院の観葉植物のように大人しいので控え目に言って目立つ人物ではない。それでもクラスメイトである以上、その存在には気付いていなければいけないのだが。  そのような彼女と大信はどうやらクラスメイト以上でも以下でもない間柄のようで、一日を通しても特に言葉を交わしたり移動教室を共にしたりということはなかった。少し遠目で見る彼女は確かにずっと前からこのクラスに溶け込んでいるような雰囲気があり、もしかしたらおかしいのは大信なのかもしれないと思えてきてしまうのだった。正しいのは大信かその他大勢か、どちらかなのだろう。  大信はそのどっちつかずでモヤモヤとした気持ちを払拭しようと、丁度一人で下校しようとするヒセを引き留めた。教室のドアを潜る前に初めて声をかけるときは、そこそこの勇気が必要だった。  他のクラスメイトがそれぞれの部活動へと散っていく中、大信は彼女を校舎でも通りが少ない階段の踊り場へと連れて行った。ヒセは特に文句も言わず、何も考えていなさそうな顔で大信の後をついてきた。  埃っぽい踊り場で大信はヒセに向き合い、思い切って尋ねてみる。そろそろ身長が一八〇センチ大台に乗る大信を、彼女は顎を大きく上げて見つめ返していた。 「河合ヒセ……違うな。河合さん、河合? なあ、俺って君のことを何て呼んでるんだ?」 「……別に、何でもいい。好きにして」  平坦な表情のまま、あまり心臓によろしくないセリフを吐くヒセ。 「じゃあ河合さん。その、俺と君は……去年から知り合いだったか?」 「どういうこと?」  少しだけヒセの表情が険しくなった気がする。それはスズメの夏毛と冬毛ほどの小さな表情の変化ではあった。しかし、やはり変なことを聞いてしまったのかもしれないと、急に彼女の目線が怖くなってくる大信。 「ごめん、変なこと聞いた。話は終わりだから、もう部活に行ってくれ」 「私、部活には入っていないの」 「そ、そうか」  それも初めて知った情報だ。それよりも一刻も早くここから立ち去りたい気分の大信を、今度はヒセがまっすぐに彼を見据えて引き留めていた。
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