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43話
わたくしはレアン様に支えられながらソファに座った。
侍女が気をきかせて紅茶ではなくハーブティーを淹れて持ってきた。レモングラスらしい。
「シェリアさん。これを飲んだら体力が回復するように私が魔法をかけたの。いわゆる治癒魔法ね」
レアン様はそう説明しながらわたくしにハーブティーを勧めた。言われた通りに飲んでみる。すっきりとした酸味が鼻を抜けるようだ。体や精神の疲れも軽くなったような気がする。そして後には甘味もあって素直に美味しいと思う。
「すごく美味しいです。ちょっと蜂蜜が入れてあるからでしょうか。酸っぱさは軽減されていますね」
「そうでしょう。このハーブティーに使っているレモングラスは私が育てたものなの。気に入ってもらえて良かったわ」
「そうだったんですか。だから治癒魔法をかけられたんですね」
わたくしが言うとレアン様はにっこりと笑った。わたくしはしばしハーブティーを楽しんだのだった。
夕方になりわたくしは自邸のフィーラ公爵邸に帰った。両親と兄が珍しく出迎えてくれた。
「……お帰り。シェリア」
父がまず声をかけてきた。母もにっこりと笑ってわたくしに近づいた。そして何故か抱きしめられた。
「無事で良かったわ。ラルフローレン公爵様やラウル様の治療で倒れやしないかと心配だったの」
「母様。心配しすぎです。わたくしは大丈夫ですから」
そんなやり取りをしていたらメイアも微笑みながらこちらを見ていた。わたくしは頷いてみせた。向こうも気づいて一礼をする。わたくしは「成功した」という意味を込めて頷いてみたのだが。メイアには伝わったらしい。
少しして母が恥ずかしそうにしながら離れた。
「……シェリア。いきなり抱きついてごめんなさいね。あなたが帰ってくるまで気が気じゃなくって」
「……いえ。心配を思った以上にかけてしまったようで。無茶はしないと約束します」
「別に気にしなくていいのよ。わたしも必要以上に取り乱してしまったわ」
はあと言うと母に父は近づいて背中を撫でた。
「シンディ。シェリアもこうして元気な様子で帰ってきた。それをまずは喜ぼう。そうしたってバチは当たらないはずだ」
そうですねと言って母は頷いた。父はではなと言って母を連れて二階の自室に戻って行った。わたくしもメイアとと共に戻ったのだった。
「……本当にシェリア様の治癒は成功したのですね」
メイアが自室の応接室にてそう言った。わたくしは彼女が淹れたハーブティーを飲みながら頷いた。
「ええ。確かに成功はしたわ」
「けど。懸念要素があるという事ですね?」
「そうよ。敵が斬りつけた傷は深手だったようなの。今夜が峠でしょうね」
わたくしがいうとメイアは心配そうにする。ラウル様の容体が彼女なりに気になるようだ。
「シェリア様。わたしも一緒に行けば良かったですね」
「メイア。大丈夫よ。そなたは心配し過ぎだわ」
「それでも。ラウル様はシェリア様の将来の夫君ですよ。心配するなという方が無理です」
わたくしは意外に思った。将来の夫君……。メイアは内心ではそう考えていたのか。
「それでもよ。メイア。わたくしが無事だったのだし。ラルフローレン公爵邸はここよりもずっと安全よ。そこは心配しなくてもいいの」
「……わかりました」
メイアは渋々頷いた。わたくしはほうと息をつきながらハーブティーを口に含んだ。苦味と酸味が鼻を抜けていく。メイアはまだ言い足りない顔をしているが。わたくしは余計な事は言わずにただお替りを頼んだ。メイアはハーブティーを再びカップに注ぐ。
「メイア。わたくしはラルフローレン公爵家に嫁ぐ時にはそなたを連れて行くわ。それまでの辛抱よ」
「ええ。そうですね。それまでは待ちます」
「そうしてちょうだい」
わたくしが言うとメイアは深々と頭を下げた。さあと風が吹いて髪を揺らした。もう、秋だ。来年の春にはラウル様と結婚する。冬は寒いだろうな。
わたくしはそう思いながら将来に思いを馳せたのだったーー。
終わり
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