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 頬をなでる雪に「冬が来たのだ」と、気づいた。顔を上げると、蒼穹に吸い込まれそうになる。手をかかげると、寒気が伝わってくる。土まみれで、薄汚い自身の指先が目に入る。いつから、そうしているのだろう。行く当てなどなく、さまよい続けている。女王陛下におつかえしていたのも、いまはむかし。 「私にはあなたが必要なのよ」  自分を求めてくれた女王は、私に枷をはめていってしまった。〈金の眷属の守人〉という、誰よりも重く苦しい枷を。老いをむかえた守人たちは、女王の名を世に残すために旅立った。私も同じはずだった。しかし決定的に違うものがある。私に老いはない。十年たっても、百年たっても、うつくしく若い姿のままだった。絶望した。皆と一緒に、いけないのだから。あのとき、ともに過ごした人たちは、もうここにはいない。なのに、なぜ私は生きているのだろう。私と同じように、女王のたましいは地に縛り付けられてさまよっている。自我を持っているのか否か。肉体を持つものには、わからない。 「女王陛下。これ以上、何を望まれるのですか」  独りごちた。人と関われば、老いない自分を不審がる。だから深い森に、身をやつしている。お腹はすくのに、飢え死にはしない。奇妙な躰。いつまで、姿を隠せばよいのだろう。女王陛下は「ジュリア、お願いがあるの。ふたたび出会えたなら、素直になれない莫迦(ばか)な私を導いて欲しいの」とおっしゃっていた。 「また陛下がお生まれになるのですか」  幾度となく、問いかけた。むろん、答えはない。足下から力をなくして、地面の上へ倒れ込む。どうせ、誰も気づきやしない。 *  こぼれた涙を、おさない手がぬぐった。おどろいて、目を開く。二十代前半くらいの青年と、二桁にもなっていないだろう少年がいる。躰を起こすと、「安静にした方がいい」と青年がさとした。見回すと、木造で出来たあばら小屋だ。 「きみは守人だね」 「ええ。あなたも、守人なんでしょう?」  青年はうなづく。どうやら青年は〈風の眷属の守人〉で、少年は後継者のようだ。 「君は名前をなんというの?」  少年に目線を合わせた。少年はそっけなく、「レジー」と答える。いままで悲惨な目に遭ってきたからか。警戒しているようだ。 「おばさんは、味方なの」  おずおずと、レジーは目を合わせてくる。 「こらこら、『お姉さん』だろう」  青年が注意する。だが年齢だけで言えば、“おばあさん”の年もとうに越している。大丈夫よ、と、微苦笑をうかべた。 「ええ、味方よ」 「おばさんは初代の王様に対して、どう思っているの? ぼくたちばかりに、つらいことを押しつけてくる。王様に対して、どう感じているの」  残酷すぎる問いかけ。青年が叱ろうとするが、制止する。もっともな疑問だ。 「私たち守人の力は、あまりに強大でつらい部分は多くあるかもしれない。でも陛下がふたたび生まれ出るときは、世を直すとき。そのときになって、ようやく能力の意味がわかるのよ」 「おばさんは自分の能力の意味を、わかっていないの?」 「ええ。まだわかっていないわ」 「そっか。ぼくと同じなんだね」  少年の硬い表情が、少しだけほころんだ。 「いつか陛下に会えば、能力の意味がわかるのかな」 「ええ、きっと」  翌日。老朽化した窓が、音を立てるほどの猛吹雪がやんでいた。外へ出ると、今までにない気配がただようのを感じる。陛下はお生まれになったのだ。さまよいつづけていた陛下の魂が、新しい肉体に宿ったのだ。直感的に、実感した。いままでは子孫の躰に付随する形でしか、宿らなかったのに。 「ジュリア殿。いったい、なんなのでしょうか。この感覚は。待ち焦がれていた者に、ようやく会えたような懐かしい感覚は」  青年が近寄ってきて、夜明けの空を見上げる。守人である彼にも、わかるのだろう。 「きっと陛下がお生まれになったのです」 「本当に?」  少年レジーが眠い目をこすりながら、外へ出てきていた。 「ええ、レジー。あなたは幸運です。遠くない未来で、陛下に会えるのですから」 「能力の意味がわかる?」 「ええ、ええ。そうです」  幾度もうなづいて、レジーの頭をなでた。そうして朝食を終えたあと、二人と別れてふたたび旅立つ。おそらく次に会ったときには、レジーは大人になっているだろう。成長した彼を見れるのは楽しみだ。 了
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