龍の傷

2/10
前へ
/177ページ
次へ
 「水城、ちょっといいか?」 放課後、担任で現国の金子先生に呼ばれて、国語科の研究室に行った。 「水城、スピーチコンテストの担当だろ?」 金子先生が、デスクの上に置かれた「2-B」と書かれたメモがついた小論文の束を見ながら、私に聞く。 「はい。そうですけど」 私は図書委員だから、自動的に、スピーチコンテストの担当になる。 参加者と練習したり、リハーサルしたりする。 もしかして、面倒だからこの束を読んで選べとか、お前が出ろだとか言われるのか? 係の私は出れませんよ、と言おうと思ったら、思わぬことを言われた。 「2-Bの出場者、上谷にするから」 え? 龍之介? 「意外だろ?」 何にも言えなくなっている私を見て、金子先生が笑った。 「読むか?」 「えっ。あ、はい」 「上谷龍之介」と書かれた小論文を手渡されて、信じられない気持ちのまま、そのまま読み始めた。 荒っぽい龍之介の字。 提出したこと自体、すごい。 選ばれるって、どういうことだろうか、と読み進めて、困った。 規定ギリギリの文字数の短いものだけど、良かった。 スピーチにするのに、文の構成のあれこれはあるにしろ、良かった。 すこし泣きそうになって、「あ、はい、いいですね」と慌てて原稿用紙を返した。 「手直し、するけど。2-Bは、これでいくわ。ただ、上谷、出る気があるのかわからん。さっき、本人には言っといたけど、やる気があるんかイマイチわからんわ。あいつ、いきなり出ないって言う可能性もあるから、水城、頼むよ」 「あ、はい」 書いたんだったら、出るだろうと思うけど、龍之介の事だから、これを人前で読む気はないと言うかもしれない。 龍之介をスピーチコンテストに出す。 それが私の仕事になった。
/177ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1105人が本棚に入れています
本棚に追加