柚の傷

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「分かった」 壇上に上がるとジャージのポケットから、クシャクシャの原稿用紙を取り出して、読み始めた。 私は、携帯のタイマーのスタートボタンを龍之介の呼吸に合わせてスタートさせた。 「命なんて、壮大なテーマで、何を書いていいのかわからなかったので、僕の友達の話をします。幼馴染のA君は、少年野球のピッチャーで…… 6年前、小学校5年でA君は、なくなりました。 夏の水難事故でした。 …… 一瞬で、僕の目の前からいなくなって、二度と戻ってきませんでした。 ……僕は、亡くなった親友の分、立派に精一杯生きて、勉強して、いい大学に行って、医者になるとか、弁護士になるとか、人のために何かするとか、そういうことは約束しません。 できないから。 僕の大体の将来の展望は、ブラック企業の窓際でパソコン打って、コンビニの飯だけ食べて生活しているとか、ベルトコンベヤーの前で同じことをずっと繰り返しているとか、借金してやばいことになっているとか、どっかの道端で土下座しているとか、そういう人生の方の気がします。…… ただ、それでも、生きる。 ……日本の自殺者は20−−年、2万−−ーー人と、世界的に見ても多く、若者の自殺も増加しているそうです。人が人生の終わりを選ばざる得なくなった理由はきっと様々だから、そういう選択をした人にどうこう言うつもりはありません。 ただ僕は、どんなにくだらない、しょうもない、這いつくばるような人生でも、自分で死を選ばない。 天国の親友にこれを勝手に約束しても、理不尽だろうから、親友を亡くして、泣いてたあの時の、10歳の僕に約束します。 僕は、最後まで生きる。」 一気に読み上げた。 ストップウォッチを止める。 規定時間より短い。もっと間を取って、ゆっくりでもいい。 声の量は、この教室なら、ほぼいい。ステージなら、もっと張らないといけない。 意外と照れもせず、ざっと読んだ。 その代わり、心情もいれずに読んだ。 それでも、いつものふざけている龍之介を知っている私には十分だった。
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