柚の傷

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「柚」 ステージから困ったような声がする。 「……はい」 「泣くな、ばか」 「始めの一回だけくらい、いいじゃん」 金子先生によませてもらった時も、泣きそうになったけど、龍之介がこれを読んでいるのが、なんか、きたんだもん。 40くらいで、よれよれのスーツ着てる龍之介も浮かぶし、やくざみたいな人に土下座してそうなのも浮かぶ。 そんで、最後のとこで、10歳の龍之介が浮かぶんだもん。 「だって、本当に龍之介、40くらいで、よれよれで、道端で、土下座してそうだもん、泣けるよ」 一番ふざけたところ出して、誤魔化した。 本当は、河川敷で泣いている10歳の龍之介が浮かぶ。 手のひらで涙を拭きながら、直すべきとこを説明する。 龍之介がそれを聞きながら、ふらっと私のとこまで来て、隣にすとんと座った。 「柚。練習、終わり。今、言われたとこは、選考会で直す努力はするけど、何回も読むのはきついわ」 「わかった」 参加してくれるだけで奇跡だから、しょうがない。 「泣くな。別に柚を泣かせようって書いてない」 「内容じゃない。ギャップ!お母さんの気持ちなの」 お涙頂戴なわけではない。 いつもちゃらんぽらんの龍之介が、こんなこと考えていたのか、っていうのが、なんか、衝撃だったし、実際、今、私に読んでくれたのもすごい。 練習、嫌がると思ったのに。 「なんだ、それ」 そういって、笑って、手を伸ばすと私の目じりの涙をちょっと掬った。 「柚。選考会でるから、選ばれたら、ご褒美頂戴よ」 「え? なにがほしいの? おごるけど、高いのは無理」 バイトしてないから、あんまりお小遣いはない。 宿題、何日分とかなら、なんとかなるかも。 「さっさと、さっきのやつに告白してきて」 え?
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