柚の傷

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 「どうしたの、それぇ?」 母は流石に私の紫の唇をみて、素っ頓狂な声を上げた。 「譜面台で切っちゃた」 「いやだー、しばらく滲みるよ、それ」 「うん。口を動かす度に痛い」 母と夕食を済ませて、自分の部屋で宿題をする。 期末が終わって、宿題も形だけあるようなもんだ。 英文の予習分の辞書を引きながら、ちらっと、Tシャツを引っ張って、胸元を見た。 先輩は、この火傷痕の話をどう思っただろうか。 気にしてないような振りをして生きているけど、正直、本当はそんなに割り切れてるわけでもない。 好きな人がどう思うか位、気になる。 こういう風な事を考えたくなかったから、告白もしないし、必要がなければ、火傷痕について話すつもりもなかった。 この火傷はこの程度で済んで、ラッキーだった。 何をうじうじしてんだろう。 火事や事故で死んじゃったり、ずっと病気だったり、もっと不幸な人はいる。 そう思うことで、均衡を保っている私は、似非オプティミストだ。
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