チェロとプール

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「龍之介!」 「まじでやってんの?」 高い声に顔を上げたら、フェンスの向こうに女の子が来ていた。サッカー部のマネージャーの子と、その子と同じクラスの子。 「あー、そう。現国の補習、パスできるから」 龍之介がフェンスに近寄って、いい加減な返事をするのを聞きながら、プール脇を歩いて、自分の立ち位置に戻った。 私が飛び込み台の上に座っても、まだ女の子とおしゃべりしている。 仲良いんだな。 飛び込み台から脚をぶらぶらさせていて、自分が深い方に座っている事を急に思い出した。 落ちたら、制服のまま、泳げるだろうか。 水着なら泳げるけど。 落ちたら、龍之介は助けに来てくれるだろうか。 フェンス越しにヘラヘラおしゃべりしている龍之介の横顔を見たら、変な妄想が浮かんだ。 この水の中に沈んで、息を止める。 そうしたら龍之介は気がつくだろうか。 それとも、私が溺れるまで、女の子とおしゃべりしてるだろうか。 そんな事を考えながら、水面を見てたら、本気でふらっと落ちそうになって、ビクッとした。 暑くて、だめだ。 怖くなって、身体の向きを変えて、脚を地面に着けた。 酷い事を考えた。 友達を水難事故で亡くしたあの人を試して、傷つけるような事。 なんて嫌な事、考えたんだろう。
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