チェロとプール

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「柚」 大きな声をかけられて、顔を上げたら、もうさっきの女子は歩き去って行く所だった。 「やんの、もう一回?」 プールの反対側から、叫ばれる。 「うん。これで最後」 龍之介がこっちに来なくて良かった。 きっと私、今、すごく嫌な顔してる。 何か、ぐずぐずしたものが、胸の中にある。 旗を振って、ストップウォッチに集中した。 「ハイ! オッケー」 立ち上がって、ふらっとこっちに歩いて来る龍之介を横目に、ストップウォッチを片付けた。 さっきの酷い妄想が頭を離れていかない。 どうして、私は、あんな変な事を一瞬でも考えたんだろうか。 「柚、大丈夫? 顔が赤い。暑かった?」 「ん。日傘持ってくれば良かったね」 龍之介がプールを振り返って、プールの角を指差す。 「あっち、行こ。日陰だし」 少し日陰になった所に腰を下ろすと、いきなり裸足になって、ジャージを捲ると足をプールに入れた。 「俺、タオル持ってるし、柚も足入れたら冷える」 そう言われて、私も靴と靴下を脱ぐと、プール脇に一緒に腰掛けて、足を水に付けた。
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