行く先

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 二階へは今日と同じように見知らぬ女と何度か登った。(ほと)んどは作家だと知っている女で、()の女も何処か諦めたような空気を漂わせていた。作品から同じ空気を感じて遣って来たのだと言った。何時か此処は茶屋かと鼻で笑ったが、店主は似たようなもんだと答えた。意外と小奇麗なのね、と云う女の身体を布団へと押し遣った。声を聞く事すら煩わしく、唇を(むさぼ)り、塞いだ。喘ぐ声が荒い息に変わるまでそうしていた。  唇を首に、鎖骨に押し当てている間に、女は聞きもしない生い立ちを語り出した。私の家は町一番の呉服屋でね、両親が歳老いてから授かった一人娘で大事にされていたの。ところが嫁いだ先が地獄の様な所でね、実家に帰る事も許されなかった。或る日三年子無きは去れって着のみ着のまま追い出されて、実家に戻ったら両親はよう戻ったと泣いて喜んでくれて。でも明くる年には二人共逝ってしまった。散々泣いて、泣いて、一張羅を着て此処へ来たの。ねぇ、私の事を書いてね。きっと、きっとよ。  何が文学だ。私小説など、只の自己満足だ。酒に溺れ、女に逃げる(くず)の生き様の何処が文学だ。何の国の文学もやれ人妻が、不倫が、何処ぞの女を孕ませただの三角関係の末に自殺しただの、何が純粋なものか。只の醜聞だ。読者なぞ私が今抱いている女の尻がどうだ、股の間がどうだの書けば悦ぶ只の豚だ。愛だの恋だのも、純文学などと云う言葉も幻想だ。何が芸術だ。死に損なった屑の戯言だ。読者なぞは作家の堕落した姿を見て端たないだの、否、(これ)こそが生なのだと分かった様な口を利いて見下して楽しんでいるだけだ。
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