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僕は袖に隠していたペーパーナイフを取り出した。彼女との思い出の詰まった羽根をかたどったペーパーナイフ。紙以外の物も切り裂けるように僕が刃をつけておいた。それを剥き出しになっている自分の首に押し当てた。彼女の瞳をまっすぐ見つめて。そして僕らの秘密の合図で「愛している」と伝えた。
時が止まり、空気が凍りつく。数秒遅れて誰かが悲鳴を上げた。ああ、あの女だ。僕の左腕に絡みつく腕の持ち主。僕はそれを無視して腕を振りほどいた。あの女が息をのむ微かな音が聞こえた。僕はそれも無視して彼女に一歩近づく。
彼女の瞳に一瞬驚きの色が宿った。でも、すぐに微笑んで応えをくれた。秘密の合図。僕に向かって伸ばされる彼女の手。僕の頬に優しく触れる。冷たく柔らかい彼女の手。あの女を振りほどいた手で僕に触れる彼女の手を包み頬ずりをする。懐かしい温度。懐かしい香り。僕がずっと取り戻したかったもの。僕は彼女の手を握り、彼女の瞳に映る世界を独り占めしながら逝くんだ。彼女が僕のものになると同時に、僕も彼女のものになるんだ。ずっと消えることのない彼女の僕に。
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