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宮先生はよく本を読むらしく、ベッドに腰かけるだけで特にすることがない僕に沢山の本を貸してくれた。もちろんそのすべてが同じように面白いものではなかったけれど、本を読んでいると、それ以外のことを忘れられるからよかった。宮先生も、本のそういうところが好きなのだろうか。
今僕が読んでいるのは、人が死なないという見出しが帯に書かれた、学園ミステリーものだった。宮先生が中学生の時に買ったものらしく、ページはかなり色あせていて、随分読み込まれたものだとわかる。
ここ一カ月ほどの僕の学校生活は、こんなふうにただ小説を読んだり、宮先生となんでもない話をしたりするだけで構成されていた。そして、それでよかった。
僕がちょうど一冊の本を読み終えたころ、放課後のチャイムが鳴った。今日も当たり前の学校生活は送れなかった。でも、自分を責める声は依然と比べると小さい。
「読み終わった?」
机で事務作業をしていた宮先生がこちらを向いて訊く。机に置かれた小型扇風機が先生の前髪を煽って、少し広い額が露わになる。視線のやり場がわからない。
「はい」
「ちょうど、今日も一日終わったね。お疲れ様」
「何もしてないんですけどね。どんどん勉強だって遅れてるし」
そう返すと、宮先生は「うーん」と、息と声が混ざったような音を出して頭を掻いた。わかっている。僕は、先生が困るようなことばかり言う。
「灰太くんがどうするのが正解だとかはわかんないけどさ。何もできないときは、多分何もしなくていいときなんだよ。何にも気にしないで本を読んでさ、美味しいもの食べて寝るの。それだけで、生きてるだけで偉いんだって思い出すのが大切なんだよ」
そして宮先生は、僕の欲しい言葉ばかりをくれる。
「だからさ、ほら。また明日もおいでよ。ほら、それの続きも持ってくるし」
宮先生は明るい声で言いながら、僕の持っている小説を指さした。その瞬間、自分の両手が熱を持っていくのを感じる。
「はい」
僕は頷いた。
脱いでいた上履きを履き、鞄を持って保健室のドアを開ける。今日が終わったのだ。また、正しく終わった。
「それじゃあ」
僕は言いながら、宮先生のあの言葉を待つ。
「うん。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
おやすみなさい。それが、僕たちの別れの言葉だ。
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