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保健室を出て、僕は一度下駄箱の前まで言ってから、再度引き戻した。もう読み終えた小説を持ってきてしまったので、それだけ返してから帰ろうと思ったのだ。
まばらに通り過ぎる生徒の視線は総じて冷たかったが、どうでもよかった。
足音を殺して、耳を澄ませると、さっき出たばかりの保健室からは、宮先生ともう一人、僕の担任教師の声が聞こえてきた。
「いやあ、宮先生はさすがですねえ。あの子をそんなに簡単に手懐けるなんて」
この担任教師は、僕がいじめられていると知ったとき、「何も反応をしなければあいつらだってすぐ飽きて、わざわざ島崎に構わなくなるさ」とアドバイスをしてきた。まるでそれが世界の取り決めた正答のような口ぶりで、そうしない僕が愚かだとでも言いたげな様子だった。
「別に、簡単ですよお」
宮先生は、まんざらでもないといった浮ついた声でそう返す。
「ほら、ああいう子って抑圧されるのを嫌うんで。『〇〇した方がいいよ』みたいなアドバイスをちゃんと受け入れられるような子だったら、最初からいじめられることなんてないんですから。捻くれてる子に必要なのは、自由に似た飼育、みたいな? なんて言うんだろ、放牧って感じです。適切なタイミングで餌をあげて、他は過干渉にならないように適当な話だけしておけばいいんですよ。灰太くんの場合は、特にそういう会話の相手もいないようだったので、ちょうど上手くいったって感じですね」
「聞けば聞くほどプロだなあ。惚れ惚れしちゃう手腕です」
ゴトッ、という音が足元でした。
手に持っていた小説を落としてしまったのだ。まずいと思って拾おうとしたとき、保健室のドアは静かに、そして素早く開かれた。
「灰太、くん?」
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