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「取り敢えず、俺は諸々洗っておくから。お前は火加減見ながらテーブルを頼む」
「う……分かった」
ラルは備え付けの手動のポンプを前後させ、桶に水を貯える。
そして食器等を水に潜らせながら一つ一つ洗っていく。
「この一週間、俺は黒印を祓い続けているが、まだ被害者は増えそうだ」
「そう……」
リンネは一度手を止め、少し物悲しい表情となる。
それはつまり、まだこの街に泊まるという事であり、二人の旅の目的地への到着が遅れるという事だ。
「悪い、リンネ。お前だって早く、黒印を祓って貰いたいよな」
振り返って、ラルが言った。
直ぐにリンネが首を振る。
「黒印は、宿主を死に至らしめる事で浄化される悪魔の呪い。祓い師が居なければ、普通の人間は確実に死んでしまう」
リンネはテーブルの上の食器をラルへと手渡した。
「でも、私のは少し違うから。時間は余り無いけど、かなり有るとも言える。だからラルは、街の人を助けてあげて」
「リンネ……」
「それがラルの、良い所だから」
と、リンネは笑ってみせた。
この生活の中で何度か見た彼女の笑顔。
初めて出会った時よりもずっと、心が近付いた気がした。
「ありがとう、リンネ」
素直に礼を言って、食器洗いに戻るラル。
それでも。
何時からだろう。
もし、自分に祓い師としての力が備わっていたのなら。
右手の力に頼らず、強力な呪いを祓えたのなら。
そう考えるようになったのは。
「ところで、何を焼いているんだ?」
「まだ秘密にしておく。ちゃんとしたポテトパイが出来るか分からないから」
「おい、言っちゃってるよ」
「……あ」
何時からだろう。
人々を救う中で、一番自分の近くにいる人を救えない。
その、もどかしさが胸を締め付け始めたのは。
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