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簡単な事
「……ただいま」
「お帰り。今日は早かった」
リンネには知られたくない。
こんなにも情けなくて、弱い自分を。
出来るだけ普通を装って、生活して。
明日にはこの街を出るつもりだ。
心残りは大きいが、仕方ない。
「なあ、リンネ……」
「──何かあったの?」
甘かった。
そういえばリンネは、鋭いヤツだった。
「ラル、元気無い」
リンネは下からラルの顔を見上げ、無理やりに視線を合わせる。
愛らしい仕草も、今のラルには辛かった。
「……俺に祓えない強さの、黒印だった。同じだった、あの時の黒印と」
先程まで口に出せなかった心の内を、ラルは咄嗟に吐露した。
「あの時?」
そして。
誰かに話すのは少し気が引けたが、過去の自分の苦い思い出も、言葉にしてしまおうと思った。
「俺は、アートリス家っていう、優秀な祓い師の家系に産まれた」
リンネが淹れてくれたお茶で口を潤し、ラルは落ち着いた口調で話す。
「でも、煌力……黒印を祓う力が弱くて。散々周りからは馬鹿にされたよ。それが悔しくて、強力な黒印を一人で祓うって意気込んで……右手を、呪いに喰われた。それが原因で家を追い出されたよ」
ラルは手袋を取って、義手をリンネへと見せる。
リンネは僅かに瞳を揺らした後、静かに義手へと触れた。
「この義手は、俺の命の恩人がくれた。煌力を蓄積する性質があって、俺でも黒印を祓う事が出来るってな」
「……温かい」
「そんなワケ無いだろ」
「私は、温かいと思う」
「……っ」
不思議だった。
過去を話すのはもっと、辛い事だと思った。
「だが、この手で祓えるのは下級程度だ」
ラルは再び手袋を付け、表情を曇らせる。
「結局俺は、期待させて裏切っただけだったよ。もうこの街に居る事は出来ない、明日、出発しようと思う」
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