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コン、コン、コン
「はーなこさーん、あっそびーましょー」
トイレの花子さん。誰でも一度は耳にしたであろう学校の七不思議の一つである。
学校の一階のトイレの一番奥の個室を3回ノックし、「花子さん、遊びましょ」と呼ぶと返事があり、個室のドアを開けると中に引き摺り込まれてしまうと言われている。地域によって細かい違いはあるが大体そんなところである。
そして蒸し暑い夏休みの夜、とある小学校の男子トイレのドアがノックされ、花子さんに声がかけられる。おそらく一人で肝試しにでも来たのだろう。
『は あ い』
それに応えて、個室の中に花子さんが現れた。おかっぱ頭に赤の吊りスカート。典型的な花子さんである。
『あら?』
呼ばれてきたはいいものの、外からは何の反応もない。しかしこれもよくあることである。まさか本当に返事があると思っていなかった相手は、どうしてよいか分からず固まってしまうのだ。
この後のルート分岐は二つ。一つは怖々ドアを開いてしまうパターン。そして花子さんに中に引きずり込まれてジ・エンド。そしてもう一つは、そのまま個室を開けずに逃げ帰るパターン。花子さんは呼ばれ損である。そして今個室に現れた花子さんの場合は……
コン、コン、コン
「はーなこさーん、あっそびーましょー」
『⁉︎』
意外! なんと二回目のノック&呼び出し!
そして個室には
『は、あ、い……って、あら?』
二体目の花子さん登場である。
『ちょっと。これどういうこと?』
『それが……私にもちょっと……』
二人の花子さんが個室内で顔を突き合わせている。
そして
コン、コン、コン
「はーなこさーん、あっそびーましょー」
『ッッッッ‼︎⁉︎』
まさかの三回目のノック!
そして呼ばれたからには当然、三体目の花子さんが個室に現れる。
『はぁーい……って、狭っ! 狭すぎなんですけどコレー⁉︎』
所詮はトイレの個室、いくら花子さんが小柄といえど、三人もいれば狭くもなる。最初の花子さんと二人目の花子さんが新しく入った花子さんのためにスペースを開けようと体を寄せていると
コン、コン、コン
『『『ゲェーッッ‼︎⁉︎』』』
無慈悲な四回目のノックがトイレに響く。程なくして四体目の花子さんが現れ、個室の狭さに悶絶する。
『こ、これは……』
『間違いないわ……こいつ、私達”で”遊んでる‼︎』
全ての花子さんに共通するわけではないが、この学校の花子さんが個室から帰るための条件は、『トイレ内に人が居なくなる』ことである。しかし、目の前で個室のドアをノックし続けているこの人間──おそらく男の子──は、個室を開けるでもなく、トイレから出て行くでもなく、ひたすら花子さんを増殖させているだけだ。しかもわざと。
『舐め腐ってくれるじゃないの……現代妖怪をよくもここまでコケにして……!』
ぎゅうぎゅう詰めになりながら怒りを燃やす最初の花子さんに、三番目の花子さんが
『けどさー、私らってもう言うほど現代っ子じゃなくない?』
『え?』
『私ら昭和の妖怪だよ? 今はもう令和なの。平成すら終わっちゃったのよ?』
『そ、それは……』
学校に場所を限ればまだ大きな世代交代こそ起こっていないが、校外ともなると昭和と今では怪異の顔ぶれは全く違う。
『じゃ、じゃあ今の最先端ってどんなやつなのよ!』
『そうねえ……八尺様?』
『くねくね』
「リアル」
『きさらぎ駅』
『知らない名前ばかりだわ……あとしれっと混ざってくるんじゃないわよ外のお前!』
外の世界の流行に全くついて行けていなかった最初の花子さんはがっくりとその場でうなだれた。彼女の中ではまだ人面犬がイケイケだったのだ。
『くっ……けど我々花子さんはこの学校の七不思議の中でも一番危険な怪異として知られてるわ! ちょっと増えたり減ったりするだけの階段や、建て替え工事の時に雑に扱われて膝にヒビ入れられた二宮金次郎よりずっと強力なのよ‼︎』
最初の花子さんの叫びに応じてトイレの窓がバンと叩かれる。膝のリハビリのために運動場を走っていた二宮金次郎が、過去の醜態を引き合いに出されたことにブチ切れて窓バンして行ったのだ。
『このまま子供に舐められたままでいいわけ? 外の世界がどうであれ、学校の中では私達こそが一番の怪異なのよ! さあ、扉を開けなさい、私達をおちょくって無駄に増やしたことを、後悔させてあげ「誰かそこにいるのか?」
花子さんの啖呵に被せるように低い男の声がした。外の廊下を舐め回すように動く懐中電灯の光が見える。夜間の見回りだ!
「やっべ!」
扉の前にいた少年は、慌てて窓を開けて飛び出していった。それとほぼ同じタイミングで、懐中電灯を持った宿直の先生が飛び込んでくる。
「んん? 誰もいないな……いや、個室に隠れてるのか?」
そう独り言を言いながら、入り口側から順に個室のドアを開けていく。
そして、一番奥の個室のドアが開かれた。
二学期の始業式で、あるクラスの担任が急遽退職したことが告げられた。先生達の口から詳しいことは語られなかったが、噂では夏休みに一階のトイレの一番奥の個室で血塗れで倒れていたのを発見されたという。
そう、花子さんのいるトイレ。
トイレの花子さん。誰でも一度は耳にしたであろう学校の怪談である。昭和に生まれた妖怪だが、令和の今、この学校で最も恐れられている七不思議である。
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