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「なんです? まさか、呪いだとかおっしゃらないでしょうね」
「――想像妊娠です」
そう答えたルカレッリの声は強張っていた。
「想像……なんですって?」
「妊娠したいと強く願っている、または妊娠していたらどうしようと強く恐れる女性に起こる現象ですよ。頭で考えた強迫観念に体が応えてしまうのです。とはいえ、その多くは妊娠初期に見られる症状で留まるので、ここまで明らかに腹部が膨張することは極めて稀なんですが」
「たった二日間で?」
ルカレッリは肩を竦める。
「そこは疑問が残りますね。しかし、今目の前で起きている事象に科学的に答えを出すなら、それしか考えられません」
彼ははっきり言い切った。私はまだ受け入れることができなかったが、かと言って他の可能性も思いつかない。私より遥かに専門的な知識を有している医者が言うのだ。納得するしかなかった。
「……彼女は、今は」
私にはそう訊ねるのが精一杯だった。
「陣痛で苦しんでいます」
「陣痛って……実在しないはずの痛みなのでしょう? 助けて差し上げられないのですか?」
ルカレッリは溜息と共に首を振る。
「で、でも、彼女の思い込みだと諭すことができれば――」
「無理でしょうね。痛みにのたうち回っているので、話を聞く余裕もないと思いますよ」
私は途方に暮れた。
本当に、途方もない話だ。聖バシリオへの慰問を始めて数多くの患者を見、脳と人体の脅威をいくつも目の当たりにしてきたつもりだったが、これは度を越えている。
「では、どうしたら……?」
「今、出産の手はずを整えています。すべて形式的な処置になるでしょうが、それで彼女も満足するでしょう。いえ、そう願うしかありません」
私たちは沈痛な面持ちで見つめ合うことしかできなかった。
静寂の先に、痛みに悶える令嬢の悲痛な叫びが聞こえるような気がした。
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