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1.患者について
その日、私はルカレッリ医師に呼び出されていた。
火急の用件なのだと彼は言った。
「どうしても修道士トマゾのお力を借りたい患者がおりましてね」
私は咄嗟に浮かんだ怪訝な表情を隠し切れなかっただろう。
そもそもこの精神病棟を我々修道士が見舞うのは、患者たちの心の安寧に少しでも貢献できれば、という前院長の意向によるものであった。患者の中には信仰心篤い者が少なからずおり、その者たちに傾聴と祈りによる導きを与えることが私の使命だ。
「なんでしょう。祈りを求めて錯乱している患者でもいるのですか?」
だが、ルカレッリは否定した。
「いえ、いえ。これはかなり特殊な事例で……そう、厳密に言えば、彼女は『患者』ではない。だからこそ、私のような病院関係者では都合が悪いんです」
「はぁ」
彼はいつも回りくどい話し方をする。その度に私はそれに苛立ちを覚えてしまう。よくないことだとわかってはいながらも、この時も私は足を揺り動かすことをやめられなかった。
なぜかルカレッリは廊下を確認しに行った。それから窓の外を。不思議そうに見守る私に向かって眉を下げながら、彼は人差し指を唇に当てた。
「人がいないことを確認していたんですよ。盗み聞きされると困るんでね。これから話すことは極秘なのです――どうか、他言しないと約束してください」
「……わかりました」
これを書くことで私はこの約束を破ったが、当初は一応了承するつもりでいたと弁解しておく。
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