1.患者について

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 (くだん)の患者はマリエラ・カテリーナ・カザリーニという侯爵家のご令嬢であった。さる名家のご子息との婚約が決定している。この結婚はカザリーニ家にとって重要なものであり、誰もが婚姻が円満に成立することを望んでいた。  ところが、マリエラ嬢は突如奇妙なことを言い出し、婚約を取りやめてくれと訴えたのだという。 『わたくしはイエスさまにこの身を捧げるつもりです。わたくしの夫となる方は主イエス・キリストのみですわ』  ――と。  話を聞き終えた私は、眉間に皺を寄せていた。 「それなら、彼女が連れて行かれるべきはここではなく、女子修道院ではありませんか?」  修道院には様々な理由で貴族の子息令嬢が身を寄せることがある。家督を継げない男子である場合などは健全なものだ。特に令嬢にいたっては、修道院の門をくぐる時点で表沙汰にできない事情を抱えていることがある。  だが、マリエラ嬢は自ら望んで主に身を捧げんと望んでいるらしい。敬虔な娘ではないか。同じ道を歩む者として、彼女の志を尊重したいと思ってしまった。  しかし、やはりそんな綺麗な話ではないようで。  ルカレッリ医師は苦笑を浮かべ、やれやれと首を振った。 「お父上が承知しないんです。先に述べた通り、この結婚はカザリーニ家の悲願ですからね。マリエラ嬢には何としてでも嫁いでもらわなければ困るのでしょう」 「だからと言って、なぜ聖バシリオに?」 「カザリーニ侯爵は、ご息女が酷い妄想に憑りつかれているとお考えのようです。結婚を前に精神が衰弱し、先のような強迫観念に陥っていると」  私は令嬢に同情の念を感じざるを得なかった。 「なるほど。女性が結婚の前後で心を病むという話はよく聞きますね。まだ若い娘さんだ。当然のことだと思えますが……」 「ええ、まあ。ですが、本来そういう場合は別のやり方を取るものです。例えば、時間を掛けて婚約者との仲を深めてから契りを結ぶとか、どこか空気のいい田舎へ行って療養させるとか。精神病院に掛かるのは本当に最後の手段と言うべきでしょう」  私は恐る恐る訊ねた。 「マリエラ嬢はそんなに、その……容体が悪いのですか?」
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