fin.

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「でも、そんなことはどうだっていいのよ」 「おい、よくはないだろう」 「あたしにとっては、些細な話よ」 「些細ではないと思うけど」 「問題はそこではないわ!」 「どこなんだい?」 「決まってるじゃない、苗字よ!」 「また苗字?」 「社賀さんがパパになった場合のあたしの名前を読み上げてみなさいよ」 「社賀リコ」 「みたいじゃないの!!」 「いや、考えすぎでしょ」 「このままじゃまずいわ! パパ、今ならまだ間に合う! ママに電話よ」 「伊部でもいいのかい?」 「よりはマシよ!」 「……わかったよ、もう勝手だなあ」 「階段に気をつけるようにも伝えてね!」 「はいはい」 「頼んだわよ! じゃあね!」  それだけ言うと、リコちゃんは再び慌てた感じでひきだしの中に帰っていった。  まさに、あっという間の出来事。  リコちゃんが去った後のひきだしは、もう先ほどのように勝手に閉まることもなく、だらしなく開けっ放しになっている。  お気に入りだったそのパソコンデスクは新品にもかかわらず、既にどこかくたびれた表情をしているように見えて、ちょっと気の毒に思えた。 「電話、かけないと……」  倒れた椅子をゆっくりと元に戻し、パソコンデスク上のスマホに目を向ける。そして僕は、心を落ち着かせるためにスマホの隣に置いてあった瑠璃色のマグカップを手に取り、そっと口につけた。  少しだけ残っていたコーヒーは、すでに冷めきっていて、飲み干したあとには、酸っぱさだけがしつこく口の中に残り続けた。 〈了〉
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