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7.
「パパの苗字が問題なのよ」
「僕の苗字?」
「伊部でしょ?」
「紛れもない。僕こそが営業2課の平社員、伊部モトキだ」
「それよ、それ」
「どれだよ」
「伊部、もうマジで最低」
「失礼だな、君は」
「パパとママがいま結婚したら、あたしの名前がどうなると思う?」
「リコちゃんの名前は変わらないよ」
「伊部になるでしょうが」
「まあ、伊部にはなるだろうけれど」
「それが問題なのよ」
「問題?」
「2年待ってほしいの。2年後には、民法が改正されて選択的夫婦別姓制度が導入されるから」
「ちょっと待って、なんでそこまで僕の苗字が嫌なんだい」
「読み上げてみなさいよ、あたしのフルネーム」
「伊部、リコ?」
「もっと早口で!」
「イベリコ」
「誰が豚やねん!」
「そんなこと、言っていない!」
「このフルネームが理由で、あたしの人生は台無し。ねり消し集めが趣味の小学校時代、よく捕まえてきたハエの羽をもぎ取って遊んだわ。国語辞典だけが友だちだった中学校時代、おすすめは新明解の第四版よ。部屋から一歩も出なくなった高校時代、ネットの世界で強く生きると誓ったわ」
「く、暗い!」
「失礼ね、全部パパのせいなんですけど」
しかし、言われてみればリコちゃんの名前がどうなるかなんて、僕は一度も考えたことなかった。
自分のことで頭がいっぱいで、彼女の将来や人生まで考えられていただろうか。伊部リコという名前になる。名前は、親が決めるもの。
……自分では選べない。
確かに環境によっては、いじめの対象になってもおかしくない。子どもというのは、場合によっては自分とは違う特徴や面白いものを見つけ次第、攻撃してしまう習性がある。その矛先がリコちゃんに向かうだなんて……想像もしたくない。
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