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そう思うとだんだんと体が動かなくなってきた。
夜になるといつもそうだ。わけのわからない冷たい何かが体の中に息を吹きかけ、焚き火が燃え上がるように恐怖が湧き上がる。早く帰らないと駄目だ。さっき、校舎の方にいた何かと目があった。そいつはきっと近寄ってくるだろう。そして半透明で気持ち悪い手で俺に触るんだ。怖い。でも足が諤々と震えて動かない。文化祭なんて最悪だ。なんでみんな夜まで残ってるんだ。
ひたひたと足跡がする。気がつけばステージからは光が消えていた。心臓がびくりと跳ね上がる。それは確かに、一歩一歩、俺に近づいてくる。走って逃げようにも足は地面に凍りついたかのように動かない。そして等々、肩に何かがふれて、俺はとうとうガクリと床に崩れ落ちた。
「どうした、智樹」
「へ、あ……梅雨ちゃん?」
おそるおそる見上げると、梅雨ちゃんが立っていた。急に空気が軽くなった気がした。1つだけポツリと残っていた常夜灯がこのあたりを少しだけ照らしていて、其の奥にちろちろと星が見えた。星をみるとか随分久しぶりな気がしてきた。日が落ちたら外には出ないことにしてたから。
「……怖かった」
「怖い? 何が」
「夜」
梅雨ちゃんは変な顔をした。まあ、当然か。まだ宵の口だし少し遠くには住宅街の灯りもある。今どき夜を怖がる人間なんてほとんどいない。
「待っててくれた?」
「待ってたっつうか探した。お前スマホ出ないし」
「えっあれ?」
慌てて鞄から引っ張り出すと、何件かの不在着信が入っていた。
「ごめん。ありがとう。なんで先に帰んなかった?」
「一緒に帰る約束したじゃないか」
そうだった。梅雨ちゃんは約束を守る。伸ばされた手を掴んでなんとか立ち上がる。未だ体にうまく力が入らないけれど、梅雨ちゃんのまわりは温かい。悪いやつが入ってこれない。
「ジュースおごる。探してくれたし」
「別にいいよ。それより早く帰ろうぜ」
俺がどれだけ梅雨ちゃんに感謝してるかは口では言い表せないし、普通は信じてくれない。周りからちろちろ視線を感じるけれど、冷たい風は吹いてこなかった。
たまには夜もいい、とかはやっぱり到底思えはしなかったけれど。
Fin
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