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威勢の良い台詞は照れ隠しなのだと、耳まで朱に染まった彼女の顔でわかってしまった。幽霊でも顔色は変わるんだなと不思議に思っていると、キヨが腰に片手を当てて人差し指を突き出した。
「言っとくけどね、思い残すことがあると成仏できないんだ。だから、今のうちにやりたいことやって、未練なくしとくんだよ!」
「説得力があるなぁ」
与志夫はハハハと笑い、姉ぶるキヨに素直な気持ちを告げた。
「でも、キヨに了解してもらった時点で、未練なんかもうないんだがね」
「はぁ!? 生意気言ってんじゃないよ! このガキ!」
「いや、俺もう古希も過ぎたからね」
「このじじい!」
相変わらず口汚いキヨだが、その声は明るく弾んでいる。
きっと近所からは独り言のはげしい爺さんだと思われているだろうが、そんなことは別に構わないのだ。
与志夫は怒ったような顔でぶつくさと悪態をつくキヨに目を細め、傍らにあった白い箱のフタを外した。
その中にあるのは、女物の草履。閉店前夜、左藤履物店六代目の最後の仕事として、与志夫が彼女のために鼻緒をすげた、とっておきの一足だった。
【了】
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