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十分も経っただろうか。与志夫は何度目かの長いため息を吐き、ゆっくりと体を起こした。キヨはずっとそばにいてくれたけれど、実体のない彼女に抱かれていても体は温まらない。老いた体はすっかり冷え、節々が痛んできた。
みっともないところを見せてしまったな。恥ずかしく思いながら、与志夫は顔を上げた。
「キヨ」
冷たい床に座り込んだまま、幽霊に呼びかける。キヨは真顔で小首を傾げ、目だけで「もう大丈夫か」と聞いていた。
与志夫はぎこちなく微笑み、触れられない彼女の頬に手を伸ばした。
「なぁキヨ、俺はもう、六代目じゃなくなるわけだが」
明日からは、職も肩書きもないただの男だ。キヨが取り憑く、「左藤履物店の店主」ではなくなってしまう。
「それでも……これからも一緒にいてくれるかい?」
与志夫が聞くと、キヨはキョトンと目を丸くした。そしてみるみる泣き笑いの表情になると、それを隠すように一度顔を伏せ、いつもの調子でクククと笑った。
「あったり前だろ、あたしゃ左藤の子孫は末代まで祟るって決めてんだから」
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