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いや、店のせいにするなとキヨに鼻で笑われるだろうか。外見も成績も人並みだった与志夫に、器量良しで人気者の珠枝は眩しすぎたのだ。
眼下には古本屋、洋食屋、そして珠枝の生家である「和菓子のまるや」が並んでいる。白い店頭幕を斜めに掛けた店構えは昔ながらの佇まいだが、入婿の店主は数年前に引退し、息子がその跡を継いだ。
昔から変わらないように見えるものも実は、時代とともに少しずつ変化している。本当に変わらずに、変われずにいた自分だけが、取り残されたのだ。
自分では珠枝を幸せにすることはできなかっただろう。与志夫はてきぱきと洗濯物を干す彼女の姿を見ながら、ぽつりと呟いた。
「珠枝にも孫が生まれたらいいんだがなぁ」
「自分を捨てた女の孫の心配とは、恐れ入谷の鬼子母神」
「そう茶化すなよ、キヨ。俺と珠枝は付き合ってたわけじゃないし、捨てられたこともない」
「そうで有馬の水天宮。珠枝の嫁入りの時に誰かさんがおいおい泣いてたことなんか、あたしゃ見てなかっよ、ああ、見てなかったですとも」
キヨは挑発するように顎と眉を上げ、逆に口の端を下げている。
全く口の減らない幽霊だ。与志夫は鼻からため息を吐き、窓と障子を閉めた。
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