ノー残業デー

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ノー残業デー

 4月14日。 「高旗ぁ。パンチ委託しといて」  舞が画面から目を切らずに高旗に言った。 「わっかりました! で? 誰をやるんスか?」 「誰を?」 「痛くってことは、思いっきりブン殴るんスよね? 課長スか?」 「お前、首飛ぶぞ」 「恐っ!? 課長、恐っ!!」 「私ゃ高旗のが恐いわ。そもそもパンチって言うのが拳を振るうことじゃねー」 「もしかして、ポテチのことスか」 「そうそうコンソメパンチ……じゃねーわ! 前に言ったろ? 紙で提出された給報や年報を委託会社に送って、データに打ち変えてもらうのをパンチ委託って言うんだよ」 「あ~。みんな電子で提出してくれりゃいーのに」 「確かにそれもあるが、出来ない人もいるんだよ。しかも本来は1月末が提出期限なのに、遅れて来る会社も一定数あってだな……ウチはこの時期に委託の最終便が出てるの」 「はああ。遅れて出したヤツ、それこそパンチで良いんじゃないスか」 「せいぜい首を洗っとけ!」  舞は話を打ち切ってPCに視線を集中した。 「ところで舞さんは何やってんスか?」 「エキスパートチェック。国税連携で送られて来た確定申告書のデータが正しく読み取られてるか確認してるの」 「舞さんカッケー。エキスパートっスか~。うわ、早ぇ……操作が目で追えねぇ~」 「見んな、気が散る」 「あ、もしかして舞さん、俺のこと意識しちゃうスか」 「目障りだっつー意味でな」 「(ひで)っス」  舞は一心不乱に操作を続けた。  そこへ向かいの席から彩が顔を覗かせた。 「今日はノー残業デーだからねぇ~。別名、ノー残業代デーとも言う」 「マジっスか!? そんなん1秒たりとも残りたくねー」 「気持ちは解るけど、そういうのは心の内にしまっておこうね~?」 「ハイっス! ……そうか~。だから舞さん鬼の形相で打ち込んでるんスね~。残業代が出ねーから」 「お前と一緒にすんじゃねー!」  そう言いつつも舞はひたすらPCの画面を睨む。 「いやぁ。それにしても今日の舞ちゃんは一味違うわね。この後デートでもあるのかしら?」 「……」  舞は一瞬固まったが言葉を発さなかった。 「「……え?」」  彩と高旗はしばしフリーズした。 「えーっと……。舞ちゃん、ホント?」  彩がバツが悪そうに聞いた。 「いや……ただご飯行くだけですけど……」 「どっちからの誘い?」 「正義さんから……です」  彩は驚いて口元を手で抑えた。 「うわ。一昨日の流れからそう来たか……舞ちゃん、これ案外ガチかも……」  そう言う彩の顔は次第にニヤけていく。  そしてそこに高旗が割って入る。 「マジッスか。舞さん、今日正義さんとメシ食い行くッスか」  舞も大袈裟にされまいと困った様子で控え目に答える。 「いやまぁ、深い意味は無いとは思うんだけど……」  が、高旗はそんな様子を気にも留めず呑気に言った。 「ズリーなー。俺も正義さんとメシ食い行きたいっスよ〜」 「あ、うん。じゃあ今度は彩さんと高旗……皆で行く?」 「良いッスか! じゃあ俺、今日行きたいッス!」 「いや、だから今日は……」  舞の静止も聞かず、高旗は勢い良く立ち上がっていた。  そして。 「マッサヨッシさ〜ん! 俺もメシ連れてってくっださーいっ!」 「「あっ!!」」  舞と彩が驚いている間に、高旗は一直線に隣の課の高橋のところまで飛んで行ってしまった。 「あぁ……あぁ……」  舞の両手は彷徨うゾンビのように宙を泳いだが、時既に遅し。  予想外の高旗の動きは止められなかった。 「あのポンコツがぁ……今日は2人だけの約束なのにぃ……空気読めよぉ……」  舞は心配そうに隣の課へ視線を投げた。 「ま、正義さん、断ってくれないかなぁ……」 「残念だけど無理よ舞ちゃん。……あんな風に大きな声で言われて、舞ちゃんと2人で行くなんて職場内で言えると思う?」 「あぁ~……折角のチャンスなのにぃ……」 「ゴメンね舞ちゃん。私があそこで変な探り入れなければ……今日のところは責任持って、私も同行して早めに高旗君を引き剥がすから、ね?」 「そんなこと言って、彩さんも興味津々の悪い顔してるじゃないですかぁ……」  彩は舞からの疑いの目をかわしつつ答えた。 「そ、そんなことないのよ〜?」 「絶対に私をからかおうとしてるんだぁ……」  舞は机に伏した。 「もう終わった」 「そんな大袈裟よ舞ちゃん。何もチャンスは今日だけじゃないんだから」 「高旗に邪魔されるとか、絶望感しかない」 「それは……確かに……」 「終わった……」  舞は動かなくなった。 「それにしても高旗君もやるわね〜。恋敵との間に割って入ろうだなんて……」 「彩さん、アイツが私の対象に入ってるみたいに言うの止めてください」 「いや〜、だって面白そうだから、つい……」 「ホラ! やっぱり彩さんも面白がってるんじゃないですか!!」 「あはっ。本当のこと言っちゃうと、この状況、堪んないわ〜」 「……酷い」 「あははっ、ゴメンね舞ちゃん。それでも応援してるのは本当なんだからね?」 「うう……今日はなるべく早めにアイツを放り捨ててくださいね」 「私の手に負えればね」 「……酷い」  そうこう言っている間に高旗が弾むように戻って来る。 「ぃやったぁ! 舞さん、今日は俺も連れてって貰えることになったっス〜!!」 「……」  舞は無言で高旗の肩を殴った。 「いてっ! 舞さん何で殴るっスか、パワハラっスか」  舞は更に強く拳をぶつけた。 「舞さん痛いッス」 「痛くしたんだよ」 「あ、解った! パンチ委託っスね?」 「そうだよ送り飛ばすぞっ!!」
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