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ポンコツ
3月29日。
某市税務課の一角に衝撃が走る。
「舞ちゃん。やっぱり例の彼、ここに来るみたい」
「ああ、高旗陽くんのことですか? あのポンコツと名高い」
「そうなのよ……内示があった時から嫌な気配は感じていたけど、今日、課長が正式に市民税係に貼り付けることにしたみたい」
「大丈夫なんですか? 税務課の一番忙しい時期にポンコツなんか構ってられませんよ」
「それで済めば良いんだけど……知ってる? 高旗労務層」
「なんですか? その関東ローム層みたいなものは」
「内示が出た日にね、何か引き継ぐものは無いかって係長が聞いたんだって。そしたら彼、無いですってキッパリ言ったらしいの」
「潔いな」
「で、日頃のポンコツ具合から心配になった係長が、彼が連休に入った隙に机の中を調べたらしいのよ」
「異動が解った瞬間に連休って……どうでもいいや感が凄いですね。それで、机を調べてみたらどうなったんですか?」
「出てきたのよ。3ヶ月分溜め続けた未処理の書類の山が。高さ30センチ程積み上がって」
「労務層って未処理書類の層って意味ですか……酷いな」
「今頃、あの課、大変なことになってるんじゃないかしら。臨時さんも一人いなくなっちゃったし」
「彩さん、臨時さんじゃなくて会計年度任用職員さんですよ」
「いいのよ、長くて言い難いんだから」
「まあ、それもそうですけど。で、どうして臨時さんは一人いなくなっちゃったんですか?」
「高旗くんが泣かせたのよ」
「え」
「ほら、非常勤職員が会計年度任用職員に変更になって表向き処遇改善がされたって、私たち正規職員と比較して結構、我慢してもらってるところがあるじゃない。多分、そう言う弱いところに付け込んで泣かせたのよ、最低よね」
「もしかして、ただの推測ですか?」
「そうだけど、舞ちゃん彼を見たことある?」
「ありますけど……人を見た目で判断しちゃ駄目ですよ」
「見た目だけじゃなくて実際ポンコツでしょ。私の話聞いてた?」
「聞いてましたけど……まだ彼の言い分を聞いていません。私、一方の意見だけを聞いて判断しないようにしているんです」
「ほほぉ~。何処かで聞いたセリフ。誰だったかな言ってたの。確か納税課の……」
「あああ、彩さん! 良いんですよ私のことは」
「可愛いなあ、折田ちゃんは」
「なんでそんなワザとらしい呼び方になるんですか小浮気さん」
「ほらほら、ムキにならないで。ごめんね舞ちゃん、仕事しよ仕事。ただでさえ忙しいんだから」
「そうですね。4月になったら大変そうですもんね。今の内に進めておかないと」
折田舞と小浮気彩が頷き合ってそれぞれパソコンの画面に視線を移すと、今度は少し離れた窓口の方から俄かに盛り上がる声が聞こえてきた。
どうやら4月から異動してくる職員が引継ぎを兼ねて挨拶に来たらしい。
「チャリーっス! 今度お世話になる高旗陽でっす! 連休入ってたんで挨拶が遅れちゃいました、サーセーン! 4月からオネッシャっス!」
舞と彩の顔面は蒼白だった。
「「おわった」」
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