三、前途多難な恋の旋律

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三、前途多難な恋の旋律

「よぉッ」 なな子が登校していると同級生で学校トップを争うイケメンモテ男である悠佑が声をかけてきた。 なな子はギョッとして悠佑を見た。 悠佑は爽やかな笑顔でなな子を見ている。 「・・・っ。珍しいね、この時間の登校」 なな子は若干戸惑いながらも、前を真っ直ぐ見ながらスタスタ歩く。 「今日から朝もおまえと時間合わせることにした」 そういうとニカッと悠佑は無邪気な笑顔を見せる。 「・・・っっ」 なな子はたじろいだ。 なな子「なんでよ…」 悠佑「だって朝も一緒に登校すれば、帰りも一緒に帰ってんだもん…恋人同士みたいじゃん俺ら」 なな子「・・・ちょ…何それっっ」 すると… 「あれぇ?悠佑くん何でこんな早いのぉー?ってか何で鷹鳥さんと一緒に歩いてるのー?」 悠佑の熱烈ファンである同じクラスのイケイケ女子、逸ノ城(いちのじょう) 玲花(れいか)。 クラスでは悠佑にちょくちょく声を掛けているお馴染みの女子生徒である。 「勉強教えてもらってるからなァッ!コイツの説明、めっちゃ分かりやすいんだわッ」 悠佑がにこやかに言う。 「へえー!そうなんだーっ!じゃあ私も放課後一緒に教えてもらおうかなー??」 玲花が悠佑の腕にしがみつく。 "おぃおぃ…。勘弁してくれよ…" なな子は心の中で嘆いた。 「そりゃダメッ。俺、マンツーマンじゃねぇと覚えらんねぇからッ」 悠佑はサラリと交わす。 「えぇー。せっかく放課後悠佑くんと一緒に勉強できると思ったのにぃー」 玲花がムスっとする。 悠佑「わりぃな。俺の進級がかかってるからよォ」 玲花「そうか…。たしかに、それはしょうがないわねッ!鷹鳥さんッ!悠佑くんを留年させないようにお願いねッ!!」 「は…はぁ…」 なな子は騒々しい朝の登校にどんよりしていた。 なな子がチラッと悠佑を見ると、悠佑がニッコリ笑った。 「・・・・っ」 なな子はこの状況がいつまで続くのかと絶望した。 キーンコーンカーンコーン… 「えー、今日は新しいクラスメイトを紹介する」 チャイムが鳴ると担任である戸辺が言った。 「 楠木(くすのき) 涼太(りょうた)です。よろしくお願いします」 新しく男子生徒が転校してきたようだ。 「キャーっっ。めっちゃイケメンじゃない?」 「これでうちの学校、三大イケメンになったね!」 「三大イケメンの内、二人がうちのクラスなんてマジ最高じゃん」 クラスの女子達が盛り上がっている。 「・・・」 なな子は盛り上がるクラスの女子達を冷めた眼差しで眺めた。 「じゃあそこの…鷹鳥の前の空いてる席に座って」 担任の戸辺が涼太に座るよう促した。 「よろしくッ」 涼太はなな子にニコリと笑った。 なな子はクールに会釈をした。 「・・・っ」 その様子に隣の席に座っている悠佑はヤキモキしながら見ていた。 -- ホームルームが終わると、案の定クラスの女子達が転校してきた涼太を取り囲み質問攻めをしている。 「なな子ちゃんっ!!戦国武将の名言しりとりしない?」 実は戦国武将マニアである多満子がなな子に声をかけた。 "戦国武将の名言しりとり…!?" 隣の席でまたもや不思議な遊びをし出そうとしているなな子達が気になってしょうがない悠佑である。 するとその時、なな子の前の席に座っていた転校生の涼太が突然振り返り、じーっとなな子を見つめた。 「・・・・」 「…っっ」 "え…何?急に…" なな子は涼太の視線にたじろぐ。 「・・・鷹鳥さんって…なな子って言うの?」 涼太が驚いたようになな子にたずねた。 "・・・・っ!" 悠佑は涼太の突然の言葉に二人を凝視した。 「そうだけど…」 なな子がボソッ呟く。 涼太「も…もしかして…瑠璃ヶ丘小学校に途中までいなかった?」 なな子「あぁ…いたかも…」 涼太「・・・っっ!!やっぱそうだ!!俺、そん時同じクラスだった!!ななちゃん、途中で引っ越しちゃったんだもんなァッ」 悠佑「・・・っ!!」 「な、ななちゃん…っって…」 なな子はたじろぎながら呟く。 「でもななちゃん、そんなに目悪くなっちゃったの?あの時は眼鏡かけてなかったよね?」 涼太が目を丸くしながらなな子を見る。 「・・・っっ!!!」 悠佑は涼太の言葉にさらにギョッとした。 「・・まぁね…」 なな子は平常心を保ちながら冷静に応えた。 「・・・っっ」 "コイツ…鷹鳥を知ってんのかよッ!ってか眼鏡かける前の鷹鳥を知ってるってことなのか…?でもまだ小学生の頃だしな……っつーか、ななちゃんって何だよッ!俺だってまだ苗字しか呼べてねぇのにッ!" 悠佑はギシギシと苛立っていた。 「楠木くんって鷹鳥さんと知り合いだったんだー!いいなぁー、鷹鳥さん」 クラスの女子達が騒いでいる。 「・・・・」 "小学校低学年までのことだからうろ覚えだけど…きっと…あの時の子だよね…" なな子はまた厄介な奴が来たと内心狼狽えていた。 -- 休み時間、クラスの男子達が何やら会話をしていた。 「そういえばさぁー、この辺りもだいぶ平和になったよなァ。俺らが入学する前まではめっちゃ治安悪かったのにさァ、入学した途端一掃されたかのように突然平和になったもんな…」 「そうそう、特にこの近くの裏路地!あそこめっちゃ怖い人達がたむろしてて通れなかったのにさァッ!うちらが入学したあたりから全く見かけなくなったよなァ」 「この学校だって俺らが入学する前までは、結構怖い人達が乗り込んで来たりして大変だったらしいぜ?」 「マジで?そんなふうだったなんて全然思えないよな。だって俺ら入学してからずっと平和じゃね?この学校」 「もしかして、俺らの学年の中で隠れヒーローみたいな奴がいたりしてなぁ…(笑)」 すると悠佑と涼太は同時に耳をピクッと動かし、それぞれ何気なくなな子をチラッと見た。 なな子は涼しい顔をしていた。 なな子の友人である吾郎は眼鏡をクイッと上げた。 -- 昼休みー 「楠木…ちょっといい?」 悠佑は涼太を呼ぶと共に教室を出て行った。 「キャーっっ!見て見てー!イケメンコンビが一緒に出て行ったよーッ」 女子達は黄色い声を出しはしゃいでいる。 悠佑と涼太の様子をなな子はチラッと見た。 二人は学校の屋上へとやって来た。 この高校の屋上は頑丈なフェンスで全面覆われている為、生徒達が自由に出入りできる。 悠佑はすかさず涼太にたずねた。 「なぁ…楠木。鷹鳥とはどんな関係だったんだよ」 悠佑は真っ直ぐ涼太を見ている。 「香月くん…だっけ…?もしかして、鷹鳥さんのこと好きなの…?」 涼太が驚いたように悠佑を見た。 「・・・っっ。話し逸らさねぇでこっちの質問に答えろよッ!おまえこそ、小学校低学年までしか一緒にいなかったくせに、よく鷹鳥の名前覚えてんじゃねぇかッ」 悠佑がムキになって言う。 「・・・俺の…初恋…」 涼太はポツリと言った。 「え…」 悠佑は驚いたように涼太を見た。  涼太「俺…小学校三年の時、同級生からいじめられててさ。いつも学校終わると蹴られたり殴られたりされてた」 悠佑「・・・っ」 涼太「そしたらさァ、ななちゃんが突然俺の前に現れてイジメてた奴らに言ったんだよ」 "おいっ!5対1の卑怯者どもッ!おまえらは五人も集まらないと何も出来ないのかッ!カッコ悪ッ!私…アンタ達みたいな弱い奴、大っ嫌いッ!" 悠佑「・・・・っっ!!」 "なな子にそんな事言われたら、そいつら…この世の終わりだっただろうな…小三でも…" 悠佑は静かに思った。 涼太「それで…俺よりも体格の大きい子達を片っ端から全員やっつけちゃったんだよ、ななちゃん…。すっげぇ、カッコよかった…」 悠佑「・・・っっ」 涼太「その後に、ななちゃんと二人で歩いてた時…ななちゃん、俺に言ったんだよ」 "楠木くんは強いよ、アイツらなんかよりもずっと。もっと自信持ちなよ" 悠佑「鷹鳥が…」 涼太「その時の出来事が衝撃的すぎて…俺にとってななちゃんはヒーローで女神だった。だから未だに忘れられない…。まさかここでまた会えるなんて…運命かと思ったよ」 悠佑「・・・っっ…」 涼太「ななちゃんってさ…あんな分厚い眼鏡かけてるけど、本当はすっごい美人だよね」 悠佑「・・・っ!…おまっ…」 涼太「香月くんが好きになるのも…分かるよ。俺もまだ好きだし」 悠佑「・・・っっ!!」 「だから…これからは正々堂々とライバルだから。よろしくッ!」 涼太は爽やかな笑顔で悠佑に言った。 「・・・俺、負けねぇよ」 悠佑はポツリと言った。 涼太はニコッと笑い言った。 「俺も」 こうして悠佑と涼太は、戦いの火蓋を切ったのだった…。 「言っとくけど、俺…小学一年の時からずっとななちゃんのことが好きだからね。俺、一途さでは誰にも負けないよ」 涼太はそう言うと、悠佑の肩をポンッと叩きその場から立ち去った。 「・・・っっ!」 "なな子は一途なタイプが良いとか言ってたよな…。これってもしかして…ヤバくね?" 悠佑は、急に底知れない不安と焦りに襲われた。 "俺、うかうかしてられねぇじゃん…" 悠佑は動揺した。 "…っつーか、鷹鳥って…昔から変わってねぇんだな…" 悠佑は、涼太というライバルの登場で不安になりながらも、昔から変わらないなな子を思うと嬉しい気持ちにもなり、なな子への愛おしい想いをさらに膨らませた。 すると悠佑は、なな子と知り合っていなかったこれまでの年月をもったいなく思った。なんだか自分が損をしていたような…そんな気分になった。 「あーぁ、鷹鳥ともっと早く出会いたかったなぁ」 悠佑はポツリと呟いた。 --- キーンコーンカーンコーン… 放課後ー 「じゃあまた明日ね、なな子ちゃん」 友人の多満子と吾郎が帰って行った。 「ななちゃん…」 涼太がなな子に話しかけようとした時、クラスの女子達が涼太を取り囲んだ。 「・・・っっ」 涼太もまた、モテる男なりの苦労があった…。 「鷹鳥ぃ、今日も頼むわぁ」 悠佑はなな子に声をかけた。 「今日は何の教科?」 なな子は悠佑の席に寄り座った。 その様子に涼太が目を奪われているとクラスメイトの女子の一人が言った。 「悠佑くん、鷹鳥さんから毎日放課後に勉強教えてもらってるんだよー。じゃないと悠佑くん、留年しちゃうからピンチなのーッ」 「へぇー…」 涼太が悠佑を見ると、悠佑は涼太の視線に気づきドヤ顔をして見せた。 「・・・っ…」 涼太は若干ムッとした。 "これじゃ放課後ななちゃんと話すのは難関だな…" 涼太は心の中で嘆いた。 -- 「紀元前三千年頃から二千五百年頃に栄えた、世界で有名な文明を三つ答えよ…。何だと思う?」 なな子が悠佑を見た。 「え、三つ?…モアイ、牛久大仏、ガンダモ」 「ちょ…っ、それ全部巨大な像じゃんっ!!しかも紀元前はどこに行っちゃったのよッ」 なな子は悠佑の答えにたじろぎ、すかさずツッコミを入れた。 「俺にとってはかなりの文明だけどなァ…。その内の二つも、日本で見れんだぜ?凄くね?牛久大仏とガンダモ…」 悠佑は真面目な顔をして言っている。 「・・ふふ…っ、ふはははははっ」 なな子はたまらず爆笑した。 「・・・・っ!!」 悠佑は、初めて豪快に笑うなな子に目が釘付けになった。 スー… 悠佑は笑ってるなな子の眼鏡を思わず外した。 なな子は眼鏡を外され、ゆっくりと笑うのをやめた。 「おまえの笑顔…もっとちゃんと見たい」 悠佑は真っ直ぐなな子を見つめた。 「・・・っっ。ちょっと…何言ってんの…。勝手に人の眼鏡外さないでよっ」 なな子は若干顔を赤くしながら眼鏡を奪い返し、すかさず眼鏡をかけ直した。 明らかになな子は動揺していた。 そんななな子を愛おしく思い悠佑はおもむろになな子の手を握った。 「・・・っ!」 なな子は驚き握られている手を見た。 「言ったろ?俺、おまえが俺のこと好きになるまで諦めねぇって」 悠佑は真剣な表情でなな子を見つめる。 なな子は動揺した。 なな子の手に覆い被さっている悠佑の手は、だいぶ熱を帯びていた。 悠佑もまた緊張していることが、なな子には伝わった。 「・・・っ。勉強に集中して。じゃないとあんた留年しちゃうんでしょ?そしたら一緒のクラスでいられなくなるけどいいの?」 なな子は俯きながら言った。 「・・・っっ!それって…」 悠佑は驚いてなな子を見た。 「ご…誤解しないでよッ。香月の人生の為に言ってるだけだから」 なな子はそう言うと悠佑の覆い被さる手を離し、教科書を開くとすかさず顔を隠した。 「・・・お、おぅ…」 悠佑は胸をキュンとさせた。 --- なな子と悠佑は今日も無事課題を提出し終え、柴犬三兄弟に挨拶をしてから一緒に帰り道を歩いていた。 「なぁ、鷹鳥。連絡先…教えてくれよ…」 悠佑はなな子の袖を掴みながら言った。 「・・・っっ」 なな子は俯いた。 「ダメ…か?」 悠佑がなな子の顔を覗いた。 "・・・・っっ!!" 悠佑は、眼鏡をかけながらも顔を赤くし恥ずかしそうにしているなな子の横顔を見て驚いた。と同時になな子の表情に見惚れた。 "連絡先聞いただけでこんなに恥ずかしがんのかよっっ!この天と地の差もあるギャップの振り幅…半端ねぇッ!!" 悠佑はなな子のギャップに心が奪われ呆然としていた。 「いいけど…」 なな子はポツリと呟いた。 「え…マジで?!や、やったァーッ!!」 悠佑は無邪気にはしゃいでいる。 "そんなに喜ばなくても…" なな子は悠佑のはしゃぎっぷりに狼狽えた。 「でも、全部のメッセージに対応できるわけじゃないからねッ」 なな子は念を押すかのように言う。 「ハイハイッ」 悠佑はニコニコしている。 悠佑は、なな子と連絡先の交換が出来たということだけでも大きく前進したようで嬉しかった。 一方なな子は、久しぶりに男性に連絡先を聞かれ胸がドキドキしていた。 クールを装うのに必死であった。恋愛に不慣れすぎてどうすれば良いか分からず、すぐに狼狽えてしまうなな子である。 しかし、それは悠佑もまた同じであった。 恋愛を本気でした事のない悠佑は、初めて自分から真剣に好きになった女性に対してどのぐらいの加減で押したら良いのか内心戸惑っており、何をするにも秘かに勇気を振り絞っている悠佑なのであった。 --- ピコーン ♪ "香月悠佑 1件" その日の夜、なな子に早速連絡が来た。 悠佑   "よぉ。もう寝た?" なな子  "まだ" 悠佑   "ちゃんと返してくれんじゃん!" なな子  "今はたまたま起きてたから" 悠佑   "ありがとな" なな子  "何が?" 悠佑   "返信してくれて" なな子  "お礼なんてされるほどの事じゃないけど" 悠佑   "俺はめっちゃ嬉しかったの!" なな子  "そう。それは何より" 悠佑   "やっぱおまえ優しいな。        そう言うとこやっぱ好きだわ" なな子  "すぐそう言う事言わないで。     むずがゆすぎる" 悠佑   "いや、俺は何回だって言うぜ" なな子  "あそ!もう寝るわ" 悠佑   "もう寝ちまうのかよ。     じゃまた明日な!おやすみzzz " なな子  "おやすみ" "何だかんだ言って、アイツ…ちゃんと「おやすみ」って返してくれんじゃん…やっぱ愛おしすぎるッ!!" 悠佑はスマホを見ると照れながら枕に顔を埋めた。 "何だかんだ言って全部のメッセージに対応してしまった…" なな子もまた狼狽えながら布団を被った。 ----- 翌朝ー 「よォッ!鷹鳥」 なな子が登校していると悠佑が声をかけてきた。 すると時を同じくして涼太もなな子に声をかけてきた。 「ななちゃん、おはよう!」 悠佑と涼太はなな子を間に挟みながらキッとした鋭い視線を投げ合い火花を散らしていた。 「ねぇ見て見てー!鷹鳥さんがイケメンに挟まれながら歩いてるーッ!!」 「え!何で何でーぇ?!」 「鷹鳥さん、楠木くんと知り合いだったみたいだよー」 「えぇー、羨ましいーっ」 「鷹鳥さんなら取られる心配なさそうだけど、なんかずるーいッ!」 なな子達の登校風景を目撃した校内の女子達はザワついていた。 「ねぇ…私を挟んで歩くの辞めてくれる?周りが騒がしすぎてうんざりなんだけど」 なな子が呟いた。 「何でだよッ!そんなん気にすんなって」 悠佑が胸を張りながら言った。 「香月くん、ななちゃんと毎日一緒に帰ってるんでしょ?朝の登校ぐらいは離れなよ」 涼太が悠佑にチクリと言った。 「・・・っ。おまえこそ、何でこのタイミングで来んだよッ!おまえがいるから目立ってんだろぉがッ」 悠佑が涼太に抗議する。 スタ…スタタタ… なな子はすかさず走り出した。 涼太「あっ!」 悠佑「お、おぃッ!」 二人は慌ててなな子を追いかけた。 「何か香月くん、最近早く登校してますね。新しく来た転校生の楠木くんも楽しそうで良かったわ」 登校してくるなな子達の姿を廊下の窓から眺め微笑んでいる国語教師の 御堂(みどう) 可菜実(かなみ)、二十四歳。 「・・・」 その隣で体育教師の巡哉は黙ってその光景を見つめていた。 神妙な面持ちでなな子達を見つめている巡哉を、隣で静かに見つめる可菜実であった。 キーンコーンカーンコーン… 昼休みになり担任の戸辺がたまたま近くを通りかかったなな子とそこに居合わせた涼太に声をかけた。 「あ、鷹鳥と楠木!このプリントとノート職員室に運んどいてくれないか?俺の机の上に置いといてくれ」 涼太「はいッ」 なな子「・・・っ」 「・・・っっ!」 そんな二人を見た悠佑は、またもや嫉妬で気が気でない様子になりながら二人を見送った。 なな子と涼太がプリントとノートを職員室に運び終えると、涼太はすかさずなな子を呼び止めた。 「ななちゃんッ!…ちょっと…話せる?」 なな子と涼太は屋上へとやってきた。 「ななちゃん、俺のこと…やっぱ覚えてないよね…」 涼太は俯きながら呟いた。 なな子「覚えてるよ」 涼太「・・・!」 なな子「というか…思い出したって言うのが正しいか」 なな子はチラッと涼太を見ると視線を遠くへ向けた。 「思い出してくれただけでも嬉しいよ…」 涼太が照れながら言うと、続けて言った。 「俺…ななちゃんには本当に感謝してるんだ。あの時は本当にありがとう…ななちゃん」 涼太がなな子を真っ直ぐ見つめた。 「小学校の頃の事でしょ?そこまで感謝なんてしなくてもいいよ」 なな子はそう言いながら、涼太から遠くの景色に目を移した。 「俺にとっては、あの時のあの出来事で大きく人生が変わったんだよ。俺の世界が180度変わった瞬間だった。ななちゃんのおかげで今の自分がいる」 涼太が真剣な顔でなな子を見つめた。 「・・・っ」 なな子はチラッと涼太を見るとすかさず目を逸らした。 涼太「あの後さァ、すぐにななちゃん引っ越してっちゃったけど…俺をいじめてた奴ら、あの時ななちゃんに言われた事とかが相当効いたみたいで…。あれから、いじめのボスだった奴が俺に謝って来たんだよ」 なな子「・・・っ」 涼太「ななちゃんは気づいてたかどうか分かんないけどさ、クラスの男子は皆ななちゃんの事好きだったんだよ?みんな憧れてた。そんなななちゃんに "カッコ悪ッ!" って言われてからの "大っ嫌いッ!" でダブルパンチを食らった後にコテンパンにやられたことが、アイツは相当ショックだったみたいでさ…(苦笑)。そのカッコ悪くてななちゃんが大嫌いな弱い自分を変える為には、まずはちゃんと謝らなきゃって思ったんだって。何かアイツ…ずっと俺に嫉妬してたらしい。不思議なんだけどさァ…今ではそいつが一番の親友になってて今でも連絡取り合ってる」 「・・・・」 なな子は黙って聞いていた。 涼太「ななちゃんはさァ、俺だけじゃなくて…あの時俺をイジメてた奴らのことまでも変えたんだよ。それってすごいことじゃん。だから、あの時は本当に…ありがとな、ななちゃん…」 なな子が涼太の方を見ると満面の笑顔を向けていた。 そんな涼太の笑顔に釣られたなな子も、フっ…と笑顔を溢した。 すると、なな子は眼鏡の奥から優しい眼差しを向けて言った。 「私が楠木達を変えたんじゃなくて、楠木達自身の意志で変わったんだよ。私はその手助けをちょっとしただけ。すごいのは楠木達の方だよ」 「・・・っ!!」 …ドキッ 涼太は顔を赤くしながらなな子に見惚れていた。 「・・ななちゃんって…本当にずっと…変わらないね…」 涼太は見惚れて続けながらゆっくりと呟いた。 なな子「フフ…っ、眼鏡以外はそうかも。でも…楠木も変わってないよね」 涼太「え…」 「ハートが強いのは変わってない」 なな子は自身の胸をグーで小突きながらそう言うと、涼太に微笑んだ。 「・・・っっ!」 涼太はさらに顔を赤くさせた。 そんな涼太となな子の様子を、悠佑は校舎の庭から見上げていた。 「・・・・っ」 悠佑は俯きその場を後にした。 --- なな子が教室に戻ると隣の席で明らかに不機嫌そうにしてる悠佑の姿があった。 そんな悠佑の姿を横目になな子は席に着いた。 悠佑は、頬づえをついて窓の外に目を向けていると、校門のあたりに見覚えある男が立っているのに気づいた。 "・・・ん?…アイツって……あの時の…まさか、アイツ…っっ" 悠佑は慌てて外へ飛び出して行った。 なな子はそんな悠佑の様子を不思議に思いおもむろに席を立つと、悠佑が見ていた窓の外を見てみた。 「・・・っ!」 悠佑が慌てて門の所へ駆け寄ると、先日なな子が倒したリーダー格の男が立っていた。 「・・テ、テメェ、こんなとこまで何しに来やがった!まだ根に持ってんのかよッ!」 悠佑が男に食ってかかる。 男「おめぇに用はねぇッ。この前の女に用がある」 悠佑「・・っっ!!アイツに何の用だよッ!まさかテメェ…アイツに報復しに来たんじゃねぇだろうなッ」 男「はぁ?ちげぇよッ」 悠佑「じゃあ何なんだよッ!!」 男「おめぇには関係ねぇッ」 悠佑とその男が言い争っていると後ろから声がした。 「私に何か用?」 悠佑とその男が驚き振り返ると、眼鏡をかけたなな子の姿があった。 「鷹鳥…おまえ…」 悠佑が険しい表情でなな子を見つめた。 「あら、この前はどうも。慰謝料でも請求しに来たのかしら?」 なな子は涼しい顔して言う。 「いや…その……そうじゃなくて…」 突然男は狼狽え始めた。 "ん?…何だこいつ…" 悠佑は不信に思い男をギロっとした目つきで見た。 「お、俺と…付き合ってくれねぇかッ?」 突然その男がなな子に告白をした。 「・・・っっ!?」 悠佑はギョッとした顔した。 「俺…あれからずっとおまえの事が忘れられなくて…あん時の女とはもう別れた…。俺、おまえの事…本気で好きになっちまった…」 強面の男が緊張した面持ちで言う。 「おま…っ…」 悠佑が何かを言わなければと慌てふためいていると突然、なな子が言った。 「ごめんなさい。今はそういうことに全く興味ないの。他の新しい想い人見つけてくれる?」 なな子はクールな表情を崩さずしれっとしている。 「・・・っっ。・・そうか…」 男は風貌に似合わずしょんぼりしていた。 「・・・っ」 自分の目の前でなな子に振られている男を目の当たりにした悠佑は、なんだか他人事じゃない気になり若干男に同情心を湧かせた。 -- 「ねぇ…あれ見て!鷹鳥さんと香月くんじゃない?あの怖そうな男の人は誰?何してるんだろう?」 クラスの女子達が窓の外を見て話している。 「また鷹鳥さん?最近の悠佑くん、鷹鳥さんと一緒にいることが多いのよねぇ…。勉強できるってだけなのに何であんな地味な鷹鳥さんといつも一緒にいるのよぉッ」 悠佑の熱烈ファンである玲花がぼやいている。 「・・・・」 それを聞いた涼太は窓の外に目をやると、なな子達の様子を黙って見守っていた。 するとしばらくして、強面の男はトボトボと帰って行った。 悠佑となな子は校舎へ戻って来る。 涼太は校舎へ戻る悠佑となな子の姿を静かに見つめた。 -- 「なぁ…鷹鳥。鷹鳥は楠木の事、どう思ってんの?やっぱ…おまえもアイツの事、好き…だったのか?」 二人で校舎へ戻る途中、悠佑は意を決してなな子にたずねた。 なな子「え?何よ急に…」 悠佑「いや、さっき…二人屋上で楽しそうだったからさ…」 なな子「楽しそうだったからって、何でそうなるのよ」 悠佑「・・・っっ。俺…自分でも引くぐらい結構余裕ねぇかも…」 なな子「・・・っ」 「俺ってさァ…、さっきの奴みたいになる可能性って、ある…?」 悠佑は先程の振られた男を思い出しながらなな子に恐る恐るたずねた。 なな子「・・・あんた次第」 悠佑「え…」 なな子「香月の本気がどこまで続くか次第」 悠佑「鷹鳥…」 なな子「それに……私のこと本気で好きだって言う人は、一人だけでいいから」 悠佑「え…そ、その一人って…誰の事?」 なな子「さあね」 悠佑「え、ちょ…ちょっと…」 そんななな子達の様子を、廊下の陰から体育教師の巡哉がじっと見ていた。 なな子を巡る恋の旋律は不協和音を奏で前途多難な出だしであった…。
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