闇の剣士 剣弥兵衛 悪霊の兆し(四) 

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 秋が深まり京の各地の寺院では、紅葉が見事な色合いを見せている頃であった。早朝にいつも通り不動寺の掃除をしている時、松原通りを西から東に向けて歩く侍を認めた。その侍が弥兵衛を一瞥すると、直ぐに前を向き歩き去った。羽織、袴を着て、大小の差料を腰に佩いた姿は、藩の用命を帯びて何処かへ出向く若侍に見えた。だが、その容面は紛れもなく、四条河原の夕涼みで娘二人をかどわかそうとした侍である。朝倉藩の藩邸に入ったと、上雑色松尾家の吾平に聞いたが、その後、どの様になったのかは知らされていない。それからは、その仲間と思しき侍が、一人、二人と不動寺の辺りを、行き交うようになっている。特に、何かを仕掛ける風でもなく、ただふらっと何処かへ出掛ける様にして通るだけであった。その後、大黒屋に立ち寄った者が東町奉行所与力柿崎仁左衛門の名を挙げ、奉行所の者であるが財布を置き忘れて困っておると、金銭を借り受ける者が現れた。それも理由を変えて二度目となり、大黒屋が東町奉行所に問い合わせると、何ら柿崎に謂れのある者では無かった。  弥兵衛は布団の上で胡坐をかき、身震いをして掛布団を被った。何故こんな夢を見たのか。己の心の中に何がしかの不安があるのか。例え、あの侍四人が、五人、六人となっても、弥兵衛にとって何ら恐れることも無く十分に対応出来る。ただ、何も仕掛けて来ないことに加え、大黒屋に借り受けられた金銭も大した額では無く、何か己に関わることで無言の影響を与えられているような気がして仕方が無い。恐らく、あの侍達では何も出来ない。しからば彼らを何かが支えているに違いない。それは何なのか。弥兵衛は目を閉じて黙念していたが、答えを見出せないでいた。 「そうだ。何かあれば、連絡してくれと吾平さんが言っていたな。朝倉藩のことは、吾平さんに頼むしかないか」  呟いた弥兵衛は、再び横になった。
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