闇の剣士 剣弥兵衛 悪霊の兆し(四) 

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 京に底冷えの季節が巡って来た。夏の暑さと同様に山に囲まれた盆地には、冷気がしんしんと溜まるような寒さとなる。弥兵衛は、この数日こんな寒さに耐え、不動寺で石不動に向かい合っていた。己が関わった侍が、何か己を誘い出そうとするかの如く動いている。そんな侍達は何に動かされているのか、その狙いは何なのか。何か底知れない大きな力が動いているような気がしてならなかった。弥兵衛は精神を一心に集中させ、不動明王の真言を念じた。すると、故郷の洞穴で老人に紹介され人の道と刀の扱いについて教わった不動が現れた。 「弥兵衛、なかなか困っておるようだな」 「此度の煩悩というのは、何か人を越えているような気がしております」 「やはり、そうか。京には古より様々な悪霊が災いをもたらしておる。それ故にそちが、京へ行ってもらう意味があるというものだ」 「すると何かの悪霊が、今、この辺りに参っておると」 「恐らくは、そういうことだ。だが、どういう形で現れるかは判らぬ。まずは、誘われるままに、手の内に潜り込まねばならぬかも知れん」 「それは災いを被ることにございますか」 「何かの策謀を為そうとするに、そちを除いておかねばならぬことであろう」 「そういうことにございますか」  弥兵衛が俯いた。その動きで蝋燭の火が揺れている。 「意志を強く持つことだ。そちなら、怯むことにはならないはずだ。どうしても一人で敵わないと思うなら、他の闇の剣士に繋ぎを付けてやってもよいが」 「いや。今は一人で十分にございます」  きりっと改まった気分で、弥兵衛は顔を上げた。 「先ずは魔境を探し当て、入り込まねばなるまい。そのためには、朝倉藩の四人の侍を使うことだ」 「判りました」  ここで不動の姿が揺らぎ、石不動へ吸い込まれるように消え去っていた。
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