闇の剣士 剣弥兵衛 悪霊の兆し(四) 

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 源四郎が言うには、二つの小屋にはそれぞれ五、六人の子供が、山積みされた大麻の葉を一枚一枚棚に乗せ乾かしており、ここには侍と思しき男が指示をしていた。最後の小屋では十数人の厳つい男達が、乾かされた大麻の葉を刻んでいた。その小屋の壁には人物を描いた掛け軸が掲げられ、立札には早良の文字が読み取れた。 「まさか、早良親王ですか」  弥兵衛も不穏な空気を感じざる得なかった。 「この京へ遷都した時に様々な災いをもたらした悪霊として恐れられ、御霊神社に祀られとるお人どす」  源四郎の言葉に、平助が冷静に答えている。 「そのようなお人を小屋に奉じて、男どもは何を企んでおるんどす」 「恐らくは大麻を使い、京の人々を好いように扱うことだと思います。ただ、そのような大それた企てには、智謀を兼ね備えた者がおらねばならぬと思いますが、その小屋には目ぼしい者が見当たりましたか」  弥兵衛の言葉に、源四郎が見て来たことを目を閉じて再見している。 「そういえば、男達の陰になっておましたが、女が一人いてました。そやけど、そんな女が男達の上に立っているとは思えまへんが」 「いや、女であればこそ深謀を図れることも考えられます」  弥兵衛は数日前に見た夢を思い起こし、夢に現れた女かも知れないと思った。あの夢は、現実なのか。正に不動が語った魔境に踏み込んでいるのだ。 「ここでやるべきことは、この大麻畑と葉を置いている小屋の焼却。それに、子供達を助けることです。それには多くの男達に構われては難しいことになります。そこで夜を待ち、寝静まった所で一気に火を掛けてはと考えます」 「いわゆる夜襲どすな。流石に闇の剣士たる由縁どす。剣弥兵衛殿」 「えっ、源四郎さん。ご存じでしたか」 「不動様から聞いとります。うちは、十文字源四郎とゆいます」 「そうでしたか。不動様もお人が悪い」  弥兵衛は、苦笑いをせざるを得なかった。だが、こんな話を理解出来ない平助が、二人の顔を互い違いに覗き込んでいた。 「平助さん。この話は、ここだけにしておいて下さい」  弥兵衛は、闇の剣士のことを他言はしないよう、平助に釘を刺していた。  洞穴の前で時間を過ごしていた三人の顔の、夕暮れの名残が瞬く間に消えていた。辺りに闇が訪れ、更に二時(四時間)を過ぎた時、弥兵衛は不動明王の真言を唱え、頭上に挙げた手に闇星の剣を握った。源四郎も同様にすると、十枚の十字手裏剣を手にしていた。唖然とする平助を尻目に、火を起こし松明へ火を移した。子供を助けるように平助に言い残すと、二人は左右に別れ一丁(一〇九m)四方ほどの大麻畑の両端に火を掛けた。そこから、小屋へと走り寄り三軒に次々と松明を立て掛けた。火の手が上がった小屋からは泣き叫ぶ子供が逃げ出し、五人、六人と平助が火の手が無い所へ誘導している。 「おのれ、山形平助」  小屋から出て来た侍の一人が、火の明かりで顔を見たのか刀を抜いて平助に斬り掛かろうとしている。 「おっと、坂口久兵衛か」  子供を横へ押しのけた平助が、腰を落として身構えた。  その時、侍の怒声で気付いた源四郎が、十間(十八m)ほど離れた所で手を動かした。夜陰に星のような光を残し飛行する十字手裏剣。星影の飛剣(せいえいのひけん)と名付けられた手裏剣が、違わず坂口久兵衛の手首を切断し、刀と共に飛ばしていた。後ずさりした坂口に他の三人の侍が加わり、源四郎に刀を向けるが明らかに腰が引けていた。そこで抜き放った刀を源四郎が構えると、三人がへなへなとその場にへたり込んでしまった。 「なんと性根の無い侍ども。これも大麻のせいか」  源四郎が、こんな侍の姿を見つつ、後から出て来た子供達を逃がしていた。  その頃、弥兵衛は最後の小屋の前で、刀を手にした荒くれ三人と対峙していた。 「お前さんらは、どこから来た者だ」  抜いた闇星の剣をだらりと下げた弥兵衛は、相手の動きを注意深く見ながら問い掛けた。 「お主こそ、誰なんだ」 「私は、剣弥兵衛と言う。不義不正を正すために生を全うしようとしておる」 「何と生意気なことを言う男だ。この世にそんな聖人のような者がいるものか」 「いや、このような道で生きて行くことを、生きがいとしておる」 「馬鹿な。お主は、まだ若すぎる。こんな奴は、ほっておいて行こうか」  三人の荒くれが駆け出している。残った十数人の男達が弥兵衛の前に進み出て、膝を付いた。 「お助け頂き、有難うございます。今、お聞きしましたこと誠なら、何事でもお話し致します」  先頭にいた初老の男が、見上げている。 「私は、野盗に一家を皆殺しにされました。その時、父親より生き抜いて不正を正せと言葉を貰い、野盗を打ち果たした後もその言葉に従って生きております」 「そうですか。それは奇特なお方にございます」 「ならば、ここの成り立ちを、お話頂けますか」 「はい。私どもは丹波の山中で暮らしておりまして、元は村から離散した者です」  初老の男の話では、山中で暮らしていた時、先程駆け出して行った男達を含め二十名ほどが乱入し自分達男ばかりを引っ立てて、ここへ連れて来られた。やらされたことは、洞穴の穴掘りと大麻畑の耕作で、二年ほどが過ぎたようだ。大麻が育ちだすと、人手不足のため子供をかどわかして来るようになった。子供は純真で言うことをよく聞くからだ。男達の大半は、ここを出たり入ったりで、今は十人に達していない。 「私どもは南の洞穴から来ましたが、ここには他の出口がありますか」 「この地の北にも洞穴があって、そこから出入りしているようです。その洞穴の右手には川が流れ出ておりますが、原生の深い谷で人は通ることが出来ません。周りは山に囲まれ、山越えの道は無いようです。いわゆる僻地の隠れ里のような地です」 「判りました。それなら私どもが入って来た南の洞穴から出て下さい」  弥兵衛は、源四郎と平助に手短に事情を話し、この残った男達と子供を連れ出すように頼んだ。 「剣殿にお願いします。その子供らは捨て子と聞いており、親の愛を知らずに育っています。私どもには懐いており、宜しければ連れて行きたいと考えております」  このように言った初老の男の後ろに控える男達も、哀願するように手を合わせていた。 「判りました。このお二人は雑色として、その筋のお役目を担っておられます。支障の無きようお手配されると思います」  源四郎と平助が、頷いた。 「合わせてお二人に、洞穴までのご案内をお願いします。私は、走り去った男達を追ってみます」 「そうどすな。うちは洞穴まで案内すれば、後を追います」  源四郎が、弥兵衛を先へ急がすように手を振った。
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