闇の剣士 剣弥兵衛 悪霊の兆し(四) 

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 弥兵衛は、男達を追って走っている。だが、腑に落ちないことが頭を過っていた。何故に己をここに引き入れ、ここの産物である大麻を易々と焼却させたのか。これなら、わざとやらされている思いがしてならない。それに最も不可思議なのは、早良親王を奉じる掛け軸の存在である。 夜空には満天の星が輝き、今にも零れ落ちそうに思える。そんな道を三丁ほども走ったであろうか、谷間に続く道が登りになった。そこには闇の中で修行を重ね夜目が利く弥兵衛の目に洞穴が見えている。その入り口の両脇には高台があり、篝火が焚かれた明かりで、それぞれ五人ほどの人影を認めた。 「おい、ここから先へは行かせられぬ」 「行くとなれば、いかがする」  高台の裾まで来ていた弥兵衛は、見上げて声を荒げた。すると、直ぐに両方の高台から矢を射かけて来た。抜き放った闇星の剣で矢を薙ぎ払い、三度の跳躍をすると三間を越える高台(六m)に達している。そこでは体を独楽の如く回し、横に出した刀でたちまち男達を薙ぎ払った。これが風神の剣である。反対側の高台で、これを見ていた男達が騒めいている。高台を飛び降りた弥兵衛は、瞬く間に向かいの高台へ飛び上がり騒めきの中に踏み込んだ。直ぐに左右から刀が斬り込んで来る。その刀の動きを見て、体を躱すと刀を振り上げた。星明りのような光を発し、二人の男の体が吹っ飛んでいた。残った三人が刀を捨て去り、ひれ伏している。そこで弥兵衛は、刀を納め三人の前に佇んだ。 「お前達は、大麻をどうしようとしているのか」 「京の商人から大金で買うとの約束があり、そろそろ運び出すところでした」 「ほう、京の商人とは誰のことだ」 「それは頭にしか判りません」 「ならば頭は何処におるのか」 「この洞穴の向こうになります」 「そこまで案内してもらおうか」  男の顔が曇り、他の二人も俯いてしまった。 「大麻は人を惑わす薬と聞いておる。そのようなものが京へ入れば、人々が不測の事態を引き起こすことになるはずだ。そんな疚(やま)しいことに加担しておきながら、ここでは逃げるのか」 「そのこと十分に判っておりましたが、金には代えられず・・・・・」 「人がどのようになっても、金さえ貰えれば好いと言うのか。斯様な考えは許せん」  弥兵衛は、闇星の剣を抜き放った。その刀からは星のような明かりが零れている。仰け反った男達の顔が恐怖におののき、直ぐに手を付いて頭を下げていた。 「洞穴に案内します。だが、どんなことが起こるか判りません」  焚き木を手にした三人が、先に立って洞穴へ入った。弥兵衛は暗闇の先に注意を払い、後に従っている。半丁も行くと燻った煙が流れ出し、三人の男が咳き込んだ。これが大麻の煙かと手拭で鼻と口を覆い、屈み込んだ弥兵衛に男達の呻き声が聞こえた。すぐさま洞穴から抜け出した弥兵衛は、高台へと駆け上がった。しかし、そこで眩暈(めまい)に襲われ、その場に倒れ込んだ。
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