1人が本棚に入れています
本棚に追加
ここは何処なのか。なぜここにいるのか。仰向けに寝転んでいた弥兵衛は、眠りから覚めて自問している。己の他には誰も見当たらない高台で、まだ明るさが残っているのに関わらず、脇には闇星の剣が置かれている。闇の中で授けられ、闇の中へ返す剣を、まさか返し忘れたのか。いや、そのようなことではない。弥兵衛は不可思議な思いに駆られていた。何か己の頭の中では測り知れないものに支配されているような気がしている。誰かに見られている。それも殺気を漲らせた気配である。こんな広い所で襲って来るのか。眼を閉じた弥兵衛は仰向きのままで剣を握り絞めた。じりじりとした時間だけが流れ、やがて閉じた瞼の裏に夕闇を感じられるようになった。
風が動いた。何かが来る。素早く飛び起きた弥兵衛は、五間ほど離れた所で立膝に構えた。眠っていた所で幻影が揺らいで見える。何か判らないが殺気を覚え闇星の剣を抜き様に、幻影に向かって一閃した。だが、何の手応えも無く、刀から放たれた淡い星のような光も空しく消え去っている。幻影が高台から逃れるように麓の方へ下っている。刀を鞘に納めて幻影を追い、坂道で闇雲に刀を振るった。しかし、そんな空しい抵抗に、かつて経験したことが無い疲れを感じた。弥兵衛は、致し方が無く高台へ戻った。改めて広い高台を眺めると、視野の片隅に女を認めた。
「そなたは、誰だ」
妖艶な微笑みを見せる女に近づいて声を掛けた時、眠りから目覚めた。
「夢か」
長屋の奥の間に寝ていた弥兵衛は、冬を迎えているのに大汗を搔き、厚手の布団を跳ね上げて起き上がった。京に底冷えの日が続く頃となり、京の巷も慌ただしい動きが見られている。思えば、あの送り火が過ぎてから、弥兵衛は何か不穏な空気を感じていた。
最初のコメントを投稿しよう!