夫の帰宅

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夫の帰宅

それから3週間が過ぎ、(すすむ)律子(りつこ)に頼まれた恋人役をする日がやってきた。 午後1時が約束の時間だということで、その時間よりだいぶ前に(すすむ)は里中家に向かった。 朝から、着ていく服に悩んでいた(すすむ)。 「あまり、かしこまらないでって言われてたでしょ?」 「そうなんだけどさ、あんまりだらしないのもなぁ、里中(さとなか)さんに悪いだろ?」 「そうね、とてもキチンとしてる人だもんね。ね、私もついてっていい?なんならこっそり隠れてようかな?」 「俺はいいけど、里中(さとなか)さんがダメって言ったらダメだからな」 「わかってますよー」 (すすむ)はお茶菓子に、香織(かおり)に教えてもらったクッキーを焼いてきた。 お菓子作りもなかなかの腕前になってきたなぁと思う。 _____好きなことだと、努力を努力とも感じないで上手になってくものなんだな バニラとバターの甘い匂いがする紙袋を持って、里中家へ向かう。 「わりと、近いんだね?」 「そうだね、知らなかったよ」 家の周りを囲むのは、サザンカの生垣。 門を入ると、庭木は綺麗に手入れされていて、敷石の周りの芝生も青々としている。 庭のあちこちに、いろんな花や木が植えられていて、そのどれもが手入れが行き届いている。 「こんにちは!」 玄関の引き戸を開けると、奥から律子(りつこ)がやってきた。 「どうぞ、入って。あ、そうそう、(すすむ)さんのスリッパはこれね」 玄関マットの上には、律子(りつこ)とお揃いのスリッパが並べられた。 律子(りつこ)はえんじ色っぽいチェック、(すすむ)のは紺色のチェックだった。 「未希(みき)さんはお客様ようだけど」 「あー、いいんですよ、おかまいなく!野次馬根性でついてきただけなので。お邪魔なら帰りますから」 「邪魔だなんて。そうね、できれば隠れてことの経緯を見ていてもらおうかしら?何かあった時の証拠になるように…」 「そんな、何かあるってことはないかと思うけど…」 そうだわ!と律子(りつこ)は奥の座敷へ入って行った。 「未希(みき)さん、こっちこっち!ここに隠れていて」 「本気?」 律子(りつこ)が指したのは、仏壇の横にある納戸のようなところ。 高そうな掛け軸や花瓶が入っていた。 「それは、出してこっちに置いといてと。はい、どうぞ」 _____どうぞと言われたら入るしかないか 「じゃあ、ご主人がみえたらさっと入りますね」 「はい、どうぞ。その前にお茶にしましょう。こちらへ…」 (すすむ)と二人、リビングに通された。 お茶の用意をしている律子(りつこ)を見ていた。 「完璧だよな?」 「うん、完璧過ぎるほど、完璧。非の打ち所がないってこのこと?」 (すすむ)と二人、徹底的に掃除された家の中を見た。 玄関も、上り框も廊下も、障子の桟も、テレビ画面も、照明のカサも、キッチンも冷蔵庫も、食器棚も。 ふとしたときに目に付く、隅っこの綿埃や手垢や指紋、それらが一切見当たらない。 無駄なものが一つもなく、廊下はキュキュッと音がするほどだ。
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