第5章 ねずみ小僧の標的は……

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 翌日から、あたしはゆううつな気分で学校生活を送っていた。  クラスのリーダー格である女の子との一件以降、ねずみ小僧に物を盗られたと言っていた人たちに、慎重な聞き込みを重ねた結果、嫌な共通点が見つかってしまったからだ。  残る問題は、たった一つ。 「ねずみ小僧の目撃情報さえあれば……」  誰もその姿を見たことがないという、ねずみ小僧。  何か一つでも、できれば二つか三つくらい外見的な特徴が分かれば、グッと捜査が進むのに。  はやちゃんと二人、校舎裏でお弁当を食べながら、ため息をつくあたし。 すると、今日は珍しくずっと黙っていたはやちゃんが、「千春どの」と声を上げた。 「何?」 「実は拙者、千春どのに黙っていたことがあるでござるよ」 「黙っとったこと?」  あたしの問いに、はやちゃんは小さくうなずいて、一通の手紙を差し出してきた。  その手紙は、なんと、ねずみ小僧からのものだった。 【シノビネコのストラップは、然るべき者のもとへ返された】 【ねずみ小僧】  これを読んだあたしは、即座にあることに気付く。 「今までの手紙と、文面が違う?」  これまでに確認されている手紙は、「ねずみ小僧が預かった」でしめくくられていたはず。  けれど、第一の被害者のもらった手紙は、「然るべき者のもとへ返された」で終わっている。  盗品――この時の、シノビネコ(これもゆるキャラの名前だよ)のストラップが、然るべき者のもとへ? 「なあ、はやちゃん」 「何でござろう」 「この、ストラップが『返された』相手っていうのは、誰やったんかは分かる?」  まさか、それが分からない状態で、今さらこんな情報を出してくるはずもないだろうと思って、たずねてみる。  すると、はやちゃんは、言いづらそうに唇を噛んでうつむいてしまう。  やがて口を開いた彼は、とても、苦しそうな表情をしていた。 「実は、拙者なのでござる」 「……はやちゃんが?」  眉をひそめたあたしに、はやちゃんが小さくうなずく。 「黙っていて、申し訳ないでござる」  頭を下げるはやちゃんに、何とも言えない気持ちになる。  どうして、そんな大事なことを黙っていたんだろう。  思わず、「何で?」と、そう聞きたくなるけれど、ぐっとこらえる。  ここではやちゃんを責めたって、どうにもならないことぐらい、分かっているから。 「はやちゃん。どういうことかは、説明してくれるんやんね?」 「もちろんでござるよ」  そう言って、はやちゃんは事のあらましを説明してくれた。  聞けば、はやちゃんは去年、クラスでいじめを受けていたらしい。  いじめといっても、陰口をきかれたり、物を隠されたりする程度で、けがをさせられたことはなかったとか。  けれど、たった一度だけ、はやちゃんにとって許せない事件が起きた。  それは、一番最初のねずみ小僧事件が起こる前――2月の終わりごろ。  嫌がらせをする側だったクラスメイトの一人に、宝物のストラップをうばわれてしまったのだそうだ。 「あのストラップは、拙者が忍者のテーマパークに初めて連れて行ってもらった時に、母上が買ってくれた大切なものでござる。それゆえ、何とか取り返そうとはしたんでござるが……」 「できひんかったんやね」 「で、ござる」  しゅんとした様子のはやちゃん。  当時は、もう二度と、ストラップは戻ってこないと、あきらめかかっていたらしい。  けれど、それから1ヶ月もたたないうちに、最初のねずみ小僧事件が起こったのだ。 「拙者、すごく驚いたのでござる。まさか、拙者なんかのために、義賊のまねごとまでしてくれる御仁が現れるなんて、思ってなかったでござるから」 「うん」 「だから拙者、その後もねずみ小僧が盗みを働いているって聞いても、正直、責める気にはなれなかったのでござるよ」  はやちゃんが初めて明かした、複雑な気持ち。  あたしはそれを、重い鉛のかたまりを飲み込むような心地で聞いていた。 「もしかしたら、ねずみ小僧は、拙者の時みたいに、いじめの一環として物を取られてしまった御仁のために、取り上げられたものを返しているだけなのかもしれないと思って。そうしたら、とてもじゃないでござるが、事件だなんだと騒ぎ立てる気になれなかったのでござる」 「……じゃあ」  ねっとりと塞がった感覚のする気道を何とか広げて、やっとの思いで声を出す。 「はやちゃんは、ねずみ小僧を捕まえたいと思ってるあたしのことは、どう思っとるん?」  あたしの言葉に、はやちゃんは少しだけ気まずそうに目をそらす。  木々を揺らす風の音が、心をざわつかせる。  たっぷりと間を置いた後、はやちゃんは食べかけのお弁当を片付けて、立ち上がる。 「強いて言うなら――彼を、救ってほしいと思っているでござるよ」  救ってほしい。  その言葉の意味を考える前に、はやちゃんは、校舎裏から立ち去ってしまった。  ――自分が座っていた場所のとなりに、黄色いメモ帳を残して。
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