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翌日から、あたしはゆううつな気分で学校生活を送っていた。
クラスのリーダー格である女の子との一件以降、ねずみ小僧に物を盗られたと言っていた人たちに、慎重な聞き込みを重ねた結果、嫌な共通点が見つかってしまったからだ。
残る問題は、たった一つ。
「ねずみ小僧の目撃情報さえあれば……」
誰もその姿を見たことがないという、ねずみ小僧。
何か一つでも、できれば二つか三つくらい外見的な特徴が分かれば、グッと捜査が進むのに。
はやちゃんと二人、校舎裏でお弁当を食べながら、ため息をつくあたし。
すると、今日は珍しくずっと黙っていたはやちゃんが、「千春どの」と声を上げた。
「何?」
「実は拙者、千春どのに黙っていたことがあるでござるよ」
「黙っとったこと?」
あたしの問いに、はやちゃんは小さくうなずいて、一通の手紙を差し出してきた。
その手紙は、なんと、ねずみ小僧からのものだった。
【シノビネコのストラップは、然るべき者のもとへ返された】
【ねずみ小僧】
これを読んだあたしは、即座にあることに気付く。
「今までの手紙と、文面が違う?」
これまでに確認されている手紙は、「ねずみ小僧が預かった」でしめくくられていたはず。
けれど、第一の被害者のもらった手紙は、「然るべき者のもとへ返された」で終わっている。
盗品――この時の、シノビネコ(これもゆるキャラの名前だよ)のストラップが、然るべき者のもとへ?
「なあ、はやちゃん」
「何でござろう」
「この、ストラップが『返された』相手っていうのは、誰やったんかは分かる?」
まさか、それが分からない状態で、今さらこんな情報を出してくるはずもないだろうと思って、たずねてみる。
すると、はやちゃんは、言いづらそうに唇を噛んでうつむいてしまう。
やがて口を開いた彼は、とても、苦しそうな表情をしていた。
「実は、拙者なのでござる」
「……はやちゃんが?」
眉をひそめたあたしに、はやちゃんが小さくうなずく。
「黙っていて、申し訳ないでござる」
頭を下げるはやちゃんに、何とも言えない気持ちになる。
どうして、そんな大事なことを黙っていたんだろう。
思わず、「何で?」と、そう聞きたくなるけれど、ぐっとこらえる。
ここではやちゃんを責めたって、どうにもならないことぐらい、分かっているから。
「はやちゃん。どういうことかは、説明してくれるんやんね?」
「もちろんでござるよ」
そう言って、はやちゃんは事のあらましを説明してくれた。
聞けば、はやちゃんは去年、クラスでいじめを受けていたらしい。
いじめといっても、陰口をきかれたり、物を隠されたりする程度で、けがをさせられたことはなかったとか。
けれど、たった一度だけ、はやちゃんにとって許せない事件が起きた。
それは、一番最初のねずみ小僧事件が起こる前――2月の終わりごろ。
嫌がらせをする側だったクラスメイトの一人に、宝物のストラップをうばわれてしまったのだそうだ。
「あのストラップは、拙者が忍者のテーマパークに初めて連れて行ってもらった時に、母上が買ってくれた大切なものでござる。それゆえ、何とか取り返そうとはしたんでござるが……」
「できひんかったんやね」
「で、ござる」
しゅんとした様子のはやちゃん。
当時は、もう二度と、ストラップは戻ってこないと、あきらめかかっていたらしい。
けれど、それから1ヶ月もたたないうちに、最初のねずみ小僧事件が起こったのだ。
「拙者、すごく驚いたのでござる。まさか、拙者なんかのために、義賊のまねごとまでしてくれる御仁が現れるなんて、思ってなかったでござるから」
「うん」
「だから拙者、その後もねずみ小僧が盗みを働いているって聞いても、正直、責める気にはなれなかったのでござるよ」
はやちゃんが初めて明かした、複雑な気持ち。
あたしはそれを、重い鉛のかたまりを飲み込むような心地で聞いていた。
「もしかしたら、ねずみ小僧は、拙者の時みたいに、いじめの一環として物を取られてしまった御仁のために、取り上げられたものを返しているだけなのかもしれないと思って。そうしたら、とてもじゃないでござるが、事件だなんだと騒ぎ立てる気になれなかったのでござる」
「……じゃあ」
ねっとりと塞がった感覚のする気道を何とか広げて、やっとの思いで声を出す。
「はやちゃんは、ねずみ小僧を捕まえたいと思ってるあたしのことは、どう思っとるん?」
あたしの言葉に、はやちゃんは少しだけ気まずそうに目をそらす。
木々を揺らす風の音が、心をざわつかせる。
たっぷりと間を置いた後、はやちゃんは食べかけのお弁当を片付けて、立ち上がる。
「強いて言うなら――彼を、救ってほしいと思っているでござるよ」
救ってほしい。
その言葉の意味を考える前に、はやちゃんは、校舎裏から立ち去ってしまった。
――自分が座っていた場所のとなりに、黄色いメモ帳を残して。
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