第2章 ナゾの部屋とじっちゃんの秘密

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第2章 ナゾの部屋とじっちゃんの秘密

 ずいぶんと長い間、らせん状に滑り落ちていた気がする。  ドスン!  スロープの終わりに、あたしは盛大に空中に放り出されて、お尻から見事な着地を決めた。 「いったあー……」  したたかに打ち付けたお尻をさする。  めちゃくちゃ痛いんだけど! あと目が回ってぐるぐるするし!  お尻をさすりながら立ち上がろうとしたあたしの背中に、とすん、と、そこそこの重さの何かがぶつかる。  振り返れば、そこには、ここまでついて来てしまったらしいランポさんがいた。 「ランポさん! ついて来ちゃったん?」 「なぁーん」 「もう……自分だけやと帰られへんかもしれんのに」  もしかして、あたしが心配でついてきてくれたのかな?  だとしたら、ちょっとうれしい。  だって、自分一人で知らない場所に放り出されるのって、やっぱりちょっと怖いから。 「ありがとね、ランポさん」  ランポさんを抱き上げてそう言えば、彼は嬉しそうに喉を鳴らして、あたしに体をすり寄せてきた。  その頭をなでながら、さて――と周りを見回す。  暗がりにもだいぶ目が慣れてきて、この場所がおおよそどんな場所なのかは見えてきた。  ここは部屋ではなくて、ただの廊下だ。  どのくらいの長さがあるのかまでは目測できないけれど、とにかくこの先に歩いて行かない限りはどうにもならなさそう。  ポシェットの中身が無事なことを確かめて、今度こそ立ち上がる。その間に、ランポさんはするりとあたしの腕の中から抜け出て、地面に着地していた。  歩きだすあたしの前を、たたっとランポさんが駆けていく。  ひょっとすると、道案内をしてくれているのかもしれない。  そう思って、あたしはランポさんの後を追いかけた。  かなりの距離をまっすぐ行ったあと、右へ曲がって左へ曲がって、また右へ曲がったら今度は左へ。  ぐねぐねの通路を走り抜けた先で、ふとランポさんが足を止める。  そこには、探偵事務所のドアとは似ても似つかない、アンティーク調の木の扉がそびえていた。  ドアの横で、ろうそくの明かりがゆらりと揺れる。 「ここ……?」  一体、なんの部屋なんだろう。  勝手に入っちゃって、いいのかな。  そもそも、ランポさんはどうしてここまで迷いなく来られたんだろう。  もしかして…… 「ランポさん、もしかして、ここに来たことがあるん?」  あたしが聞けば、ランポさんはぷいと顔を反らしてしまった。  なんだか仕草が人間みたい。図星だって言っているようなものだ。  まあ、ランポさんがこの場所を元から知っていたのかどうかは、この際置いておいて。 「……入るしかない、よね」  そうつぶやいて、あたしはドアノブに手をかける。  だって、ここにじっちゃんがいるかもしれないんだもん。  なんでわざわざこんなことをしたのか、教えてもらわなきゃ気が済まないよ!  すうー、はあー、と深呼吸をして、ドアノブにかけた手に力を入れる。  そしてあたしは、ゆっくりと、扉を開けた。  ぎいい、ときしんだ音を立てて、ドアが開く。  部屋の中をのぞき込んだあたしの視界に真っ先に飛び込んできたのは、天井まであるような高さがある、木製の棚。棚。棚。  その棚には、ところどころスペースがあるものの、得体のしれないたくさんの――骨董品か何かが並べられている。  部屋の奥には事務所にあるものと全く同じ、木製のワークデスクがあって、ここがじっちゃんの部屋なのだと気づくのに時間はかからなかった。  その机の前には、一人の男性がいた。  羽織の下で腕を組んでほほえむ、着物姿のおじいちゃん。 「よく来たのう、千春」 「じっちゃん!」  にこにこと笑うじっちゃんに飛びつけば、じっちゃんは嫌がりもせず「はっはっは」と穏やかに笑って頭をなでてくれた。  よ、よかったあ~。  これでじっちゃんがいなかったら、どうしようかと思ったよ!  じっちゃんの足元では、ランポさんが嬉しそうにぐるぐると歩き回っては顔をすり寄せている。ランポさんも、きっと、じっちゃんに会えてうれしいんだろう。  ひとしきりあたしの頭をなで終わったじっちゃんは、彼を抱き上げて微笑んだ。 「ランポもご苦労だったのう。ここまで千春を連れてきてくれたこと、感謝するぞ」  その言葉に、あたしはハッとする。  ――やっぱり、ランポさんはこの場所の存在を知ってた。ここにじっちゃんがいることも、わかってたんだ! 「……じっちゃん、ちょっとええ?」  じっちゃんとランポさんのじゃれあいが一段落ついた頃合いを見て、あたしはじっちゃんに声をかける。 「どうした?」  じっちゃんはランポさんを抱っこしたまま、静かに笑った。  その顔を、けれど笑えないまま見つめ返して、あたしは言う。 「じっちゃんはさ。今回の謎解き、多分、うちと本気で勝負をするつもりはなかったんやんね」 「……ほう?」  じっちゃんの目が、スッと細められる。  笑っているのに、笑っていないみたいな目。  それが少し怖くて、思わずびくっとする。  けれど、それでもあたしは、続きを口にした。 「じっちゃんは、わざとうちに謎を解かせて、ランポさんに道案内をさせてまでこの部屋に来させようとした。そうしてまで、周りにはバレへんようにして、うちに伝えたいことか、渡したいものか、その両方かがあった。そうやろ!」  ビシッとじっちゃんに人差し指を向けて、ここに来る前、事務所で推理した内容をそのままぶつける。  部屋に広がる沈黙。  それを破ったのは、じっちゃんが拍手をする音だった。 「見事。謎はいつもより簡単だったとはいえ、きちんと解き明かせたな」  そう言って笑うじっちゃんの笑顔は、さっき見た冷たいものではなく、いつもの温かくて、やわらかい笑顔だった。 「謎をきちんと解き明かし、知らない通路を通ってでもここへ来るための勇気を振り絞った。わしが威嚇しようとも、恐れることなく自分の推理を貫き、辿り着いた答えをぶつけてきた。見事だ。わしが見込んだ通りじゃな」  そう言うと、じっちゃんはふと壁際の棚の一つに近づいていく。そして、そこに置かれた何かを手にして戻ってきた。 「千春、来なさい」  デスクの上にそれを置いたじっちゃんに呼ばれて、あたしはそこへ歩み寄る。  じっちゃんのもとを離れたランポさんが、ぴょんとデスクの上に飛び乗る。じっちゃんが今しがた置いたものを示すように前足をたしたしとぶつけて、小さく鳴いた。  それは、少し大きな、茶色い革張りのトランクだった。  中に何が入っているのかは、見当もつかない。 「じっちゃん、これ何?」  そうたずねると、じっちゃんはまぶしげに目を細めてトランクを見下ろす。 そして、ぽつぽつとこう言ったんだ。 「千春にこれを渡すには、まだいささか早いかもしれないとは思った。じゃが、わしと何度も推理勝負を重ねてきたことで探偵との地力がついており、度胸もある。おまけに生まれつき運動神経がいい」 「……じっちゃん?」 「となれば、継承は早いうちがいい。わしも安心して千春に後を任せられるし、世の中のためを思っても、きっとこれが最善なんじゃろうな」 「ねえじっちゃん、何の話なん?」  じっちゃんは答えない。  後から思えば、そのときのじっちゃんは、あたしに話しかけているというよりは、自分に何かを言い聞かせていたのかもしれない。  伏せていた目を開けたじっちゃんが、まっすぐにあたしを見る。 「千春、まずはこのトランクを開けなさい。話はそれからじゃ」 「え? う、うん」  言われて、トランクの留め具に手をかける。一応確認したけれど、ダイヤルロックや南京錠といった鍵のたぐいはついていないようだった。  パチン、パチンと音を立てて、金色の金具が外れる。  重いふたを持ち上げて、ゆっくりと開くと…… 「……わあっ」  中には、新品の洋服が入っていた。  といっても、中身は帽子が入っていないことを除いて、今あたしが着ている服と変わらない。  変わっている部分をあえて言うなら―― 「じっちゃん、これ、今うちが着とるやつよりも大きいやんね?」 「うむ。今のお前に合わせて仕立て直してあるからのう」  やっぱり!  実は、少しずつでもちゃんと身長が伸びていたのか、今着ている服はちょっときつくなっていたんだよね。ほんのちょっとだけ、だけど!  だから、今のあたしに合わせた服をくれるのは嬉しい。  嬉しいんだけど…… 「なあじっちゃん。何でわざわざ、誕生日でもないのに、こんな立派なものをくれるん?」  じっちゃんの顔をのぞき込んで、次の言葉を待つ。 「千春」  するとじっちゃんは、真剣な声で、端的にこう言ったんだ。 「お前、怪盗になってみる気はないか?」  えっ。  ちょっと待ってほしい。  探偵じゃなくて、怪盗に?  ……あたしが!? 「ええええええええっ!?」  じっちゃんの言葉に、あんまりにもおどろいたものだから、あたしは思わず、叫び声を上げてしまったのだった。
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