第1章 名探偵との謎解き勝負!

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第1章 名探偵との謎解き勝負!

 春休みの終わりがいよいよ目前に迫った、ある日のこと。  あたし、大宮(おおみや)千春(ちはる)は、お母さんに言われて、まだ部屋に残っている段ボールの中身をせっせと片付けていた。  なんで、段ボールが部屋の中にあるかって?  それはね。  あたしが先週、ここ、宮ノ代(みやのしろ)市に引っこしてきたばかりだからなんだ!  今あたしが住んでいるのは、東京にあるじっちゃん……おじいちゃんの家の近所。 この間までは京都に住んでいたんだけど、お父さんとお母さんの仕事の都合で引っこしてきたってわけ。  えっ、京都から引っこしてきたなら、京都弁か関西弁でしゃべっていないとおかしいって?  ふっふっふ、大丈夫。あくまでも、この話し方はここ(地の文、っていうんだよ)だけのもの。普通におしゃべりするときは、バリバリの関西弁になるんだから!  ……と、それはさておき。 「あーん、終わらへんよ~!」  教科書や服や、本やぬいぐるみ。  荷物がいっぱい入った段ボールを、片っ端からひっくり返して片付けていくけれど、ぜーんぜん終わりが見えない。  思わず両手を挙げて降参のポーズを取りながら、叫んじゃった。  まあ、悪いのは、新学期が始まるまでに余裕を持って片付けをしていなかった、あたしなんだけどね。とほほ。  とはいえ、泣き言を言ったって勝手に物が片付いてくれるわけじゃない。ハサミを手に取って、ため息をついた。 「あーあ。このへんの物が全部、『動けー!』って言ったら勝手に動いて、元の場所に行ってくれたらええのに……」  そんなことをぶつぶつ言いながら、次の段ボールを開けようとしたときだった。 「千春、千春。少しいいか?」  コンコン、とドアをノックする音がして、廊下のほうから声がする。  とたんに、あたしは思わず笑顔になって、自分からドアのほうに駆けだしていった。  だってだって、その声は、大好きなじっちゃんの声だったから! 「はーい!」  バーン! とドアを開けて、外に立っていたじっちゃん――大宮四季(しき)に思い切り抱き着く。  じっちゃんは目を丸くして、ゆかいそうに笑った。 「はっは、千春は今日も元気だなあ」  そう言って、あたしの頭をなでてくれるじっちゃん。  鉄色の着物と羽織がよく似合うこの人は、なんとこれまで数々の難事件・怪事件を解決してきた名探偵なのだ!  凶器も指紋もどこにも残されていないような、密室殺人事件とか。  とある街で行われた演奏会で、次々と観客が精神に異常を来してしまった集団発狂事件とか。  そんな物騒な事件以外にも、もちろん、猫探しや浮気調査みたいな普通の依頼だってスパッと解決しちゃう、現代の名探偵。あたしにとって、あこがれの存在なんだ。  そんなじっちゃんは、あたしが言うのもなんだけれど、結構な子煩悩……ならぬ、孫煩悩だ。お父さんやお母さんにたまに叱られちゃうくらいに、あたしのことを可愛がってくれる。  今だって、あたしの頭をなでながら、口元をゆるゆるにして目を細めている。 「どうだ、邪魔をしてしまったか?」  そう言いながらも頭をなでるのはやめないんだから、ちょっと面白い。  まあ、やらなきゃいけないことを放り出して、じっちゃんに抱き着いているあたしもあたしなんだけどね? 「ううん。荷物の整理するの、ちょっと飽きたところ!」 「飽きたか。ということは、まだ終わっていないんだな?」  うっ。  し、しまった、バレちゃった。  じっちゃんの苦笑いにぎくっとするけれど、すぐになんとかごまかす。 「だ、大丈夫! じっちゃんの用事が終わったら、すぐまたやるから! それよりじっちゃん、どうしたの?」 「うむ。ちとな、久しぶりに千春と遊ぼうと思ってな」  遊ぶ。  その言葉に、あたしはピーン! ときた。  だって、小さい頃から、じっちゃんがあたしと遊ぶときにやることはだいたい決まっているんだもん。 「あれ……やるんやね?」 「うむ。千春、これを」  あたしの言葉にうなずいたじっちゃんが渡してきたのは、一通の手紙だった。 「制限時間は?」  あたしがそうたずねると、じっちゃんは穏やかに笑って「そうじゃなあ……」とあごをなでさすった。  こう言うと、あたかもじっちゃんが立派なあごひげを生やしているみたいに思えるかもしれないけれど、実際はひげが生えるどころか、顔中のどこを見てもつるつる。  いつになっても若い見た目をしているのがあたしのじっちゃん。  実はじっちゃんが本当は何歳なのか、あたしは知らない。永遠のミステリーだ。  それはさておき、じっちゃんはあごをなでるのをやめて、やっとうなずいた。 「第1のヒントは、5分以内に解きなさい」  5分かあ。  どんなヒントかにもよるけれど、じっちゃんの出すヒントはそうそう簡単に解けるものじゃない。心してかからなきゃ。 「その間に、わしは謎を解いた先にある場所に行っておくからのう。早う来ておくれ、わしの可愛い孫や」 「当然! 待つひまもないぐらい、スパッて解いたるんやから!」  あたしがそう言うと、じっちゃんは満足そうにうなずいて部屋を出ていった。 「……さて、と」  じっちゃんがいなくなった部屋で、渡された手紙に改めて視線を落とす。 じっちゃんとあたしにとっての〝遊び〟っていうのは、宝探しのこと。  じっちゃんがどこかに宝物を隠して、隠し場所のヒントをいくつかあたしに教える。  もちろん、そのヒントもすんなり意味が分かるようにはなっていないから、自力で解き明かさなきゃいけない。  で、そのヒントを解いた先にある宝物を見つけることができれば、あたしの勝ち。  見つけられなければ、じっちゃんの勝ち。  もう何年も前から続けているこの勝負で、あたしは未だじっちゃんに勝ちこせていない。  前回はあたしが負けちゃったから、今回は勝ちたいところだけれど……  さて、まずは第1のヒント。  一体何が書かれているんだろう?  シンプルな真っ白な封筒の端っこを切って、中身を取り出す。そこには、こんな文章が書かれていた。 【頭の上には何がいる?】 【答えのある場所には15分以内に】  ……あれっ? 「簡単、や……」  便せんに書かれていた謎を見て、思わず拍子抜けする。  じっちゃんのことだから、もっと難しい謎を入れていると思ったけれど……身構えすぎたのかな?  でも―― 「簡単な問題なら、むしろラッキー……やんね!」  だって、その分確実に正解に辿り着ける可能性が上がる!  そうと決まれば、さっそく謎を解かなくちゃ。  開けたばかりの手紙を一旦机の上に置いて、すぐ横のポールハンガーからお気に入りの服をひったくるようにして手に取った。  それは、あたしの12歳の誕生日にじっちゃんがくれたもの。  全体的に茶色系の色でまとめられたケープにベスト、ショートパンツ。  真っ白なワイシャツに、細めのリボンタイ。  きっちりかっちり全部を着こなして、黒いニーハイソックスを履く。  最後に、ポールハンガーのてっぺんに引っかけた猫耳付きのキャスケットを被って、机の上に置いてあった猫の形のルーペを持てば……ジャーン!  名探偵見習い大宮千春、ここに参上、ってね!  あたしは、小さい頃からじっちゃんにあこがれていて、いつかじっちゃんみたいな名探偵になるんだって言い続けている。それをなぜだかとても喜んだじっちゃんがプレゼントしてくれたのが、この探偵服ってわけ。  あたしはじっちゃんとの宝探しをするとき、いつもこの服を着る。だって、これを着ているだけで、じっちゃんみたいなすごい探偵になれる気がするから。  まあ、実際ちゃんと謎が解けるようになったのは、ここ二、三年くらいになってからなんだけど――とにかく。 「この暗号、絶対に解いたるで。じっちゃんの名にかけちゃったりなんかして!」  ビシィッと机の上の手紙を指さして、どこかから怒られそうなお決まりの決め台詞を叩きつける!  そしてあたしは、改めて便せんに書かれた文章をまじまじと見つめた。 【頭の上には何がいる?】 【答えのある場所には15分以内に】  うん、やっぱり、簡単。  というより、じっちゃんにしてはヒントがちゃんと『ヒント』をしている。  なんでだろう……解けないよりはましだから、いいけど。  というよりは、もう答えはわかってしまったから、今すぐにでもあそこへ行かなくちゃ。  黒猫の形のポシェットに、猫の形をしたルーペと少しの荷物を突っ込んで、大急ぎで部屋を出る。 「千春ー? 片付けは終わったん?」 「あとで!」  お母さんの声に短く返事をして、スニーカーをつま先に引っかける。  靴ひもを結ぶ時間も惜しくて、そのまま家を飛び出した。
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