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何もかもが面倒だった。
「豪華客船でクルージングよ!」
母親は浮かれていたけれど、ぼくはそんな母親を冷ややかな目で見ていた。
豪華客船の何が楽しいんだよ。
広い部屋、たくさんの使用人。欲しいものなんでも手に入る。そんな世界に住んでいて、まだ求めるものがあるとは。
何を着ていこうかと、ドレッサーの間を右往左往する母に嫌気がさし、ぼくは部屋を後にした。
豪華客船。
もう何度目の旅だろう。心が躍ったのはほんの数回目までで、それからはただの苦痛でしかない。
大海原という広大な空間に幽閉され、うるさく着飾ったたくさんの人の波をかき分けていく。
そして、孤独を感じるのだ。
あの大海原をどこまでもぼくの力で進んでいけたら、ぼくはそれだけで十分なのに。
あそこにぼくが求めているものなど何もない。
いや、そんなことはない。
自室のドアを開け、思わずベッドに飛び込む。ぼくには求めているものがある。
それを思うと、思わずぼくはベッドに激しく顔をうずめた。
そう、それはずっと、ずっと心の一番真ん中にあるもの、恋だ。
そうぼくは恋がしたい。激しく燃え上がるような運命の恋がしたい。
顔がにやけてくる。
一瞬で燃え上がり、永遠に燃え続ける、そんな情熱的な恋がしたい。
美しいぼくにふさわしい、美しいレディと。大草原をどこまでもかけていくような、薄暗い洞窟をどこまでも進んでいくような。あの大海原でさえ、燃え上がるような恋を。
でも……。
ぼくはゆっくりとベッドから起き上がる。
それにふさわしいレディがいない。美しいぼくにふさわしい、一瞬で心が燃えるそんなレディが。
ふっとため息をつき、ぼくは、部屋の窓からぼんやりと空を見上げた。
この世界に必ずいるはずの、ぼくのレディを夢見て。まだ見ぬ彼女も同じように、ぼくと同じ空を見ているだろうか。
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