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気が付けばぼくはひとり、人込みを抜け出し、デッキに出ていた。
先程とは打って変わった広大な空間にぼくの心が癒される。風が優しくぼくのほほを流れていくのがわかった。
安堵にぼくはふっと息を吐く。
目の前では、今にも大きな夕日がゆっくりと沈もうとしていた。
出港したのは、お昼を少し過ぎたころだったのに、もう日が沈む時間になっているとは。ほんの少し驚いたけれども、それよりもやはり、大自然が織りなす美しいハーモニーに心が震えた。
風の音、波の音、鳥のさえずり、そして、大海原のゆっくりとのみこまれていく夕日とそれを取り巻く様々な色彩。全てが豊かで、全てが美しかった。
「美しい」
その美しさに魅入られるように、ぼくはゆっくりと歩を進め、船の一番の先の、手すりにもたれかかった。どこまでも美しい光景だった。
これまでの喧騒を忘れるかのように、ぼくはゆっくりと歌い出した。この美しい空間を彩るために。
ぼくの美しい歌声が、世界にあふれ出していく。
ぼくのこれまでの人生への嘆き、悲しみ、そして孤独。ぼくの人生を歌った歌が、ゆっくりと世界に溶け込んでいく。その歌声が、ゆっくりとぼくの孤独と混じりあっていき、やがて消えていく。
大海原も、太陽でさえ、孤独だ。やがてあらわれる星明りでさえも、だれもみな孤独だ。そしてぼくも。
美しい恋がほしい。ぼくの心を燃え上がらせるような恋が。
ゆっくりと暗闇に近づく空間のなかで、ぼくははげしく歌い上げた。
ぼくの孤独と、激しい恋への情熱を。
ひとしきり歌い上げ、ゆっくりとひとりうつむいた瞬間、ぼくの背後から美しい声が響いた。
柔らかな歌声、ぼくをそして世界を包み込むような慈悲をたたえた声。
その声に驚き後ろを振り向くと、そこに、女神が立っていた。
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