彼女は美しい

7/15
前へ
/16ページ
次へ
 水はどのどんと船内に押し入り、全てをなぎ倒していった。  救命用のボートもなく、それでもぼくたちは、強く手を取り合い、決して離さなかった。  濁流が押し寄せる中、彼女が叫んだ。 「お願いよ、ひとりにしないで」 「もちろんさ」  握った手に力を入れ、ぼくはそう答えた。決して、ひとりになどするものか。  ぼくたちは、上へ上へと上がっていった。  そして、船が完全に傾いたとき、ぼくたちは海に投げ出されたが、運よく小さな切れ端の上を捕まえることができた。  ぼくは懸命に彼女を板の上に押し上げた。  水にぬれ、冷え切っていた彼女の手をぼくはうんと強く握った。 「大丈夫、大丈夫だ」 「ええ、大丈夫、大丈夫よ」  ぼくたちはお互いを励ましあいながら、体を寄せた。ぼくも最後の力を振り絞り、板の上へとからだを滑らせた。  すぐ近くから、ぼくたちを探す声がする。 「よかった、ぼくたち助かるんだ」  ぼくはもう一度強く彼女を抱きしめた。彼女のぬくもりが湿った服を通して感じられる。決して離すことなどない、永遠に。  そしてぼくたちは助かった。  それから彼女は、この事故の影響か、寒さにひどくおびえるようになった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加