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「俺は一度、一人で朝木の家を訪れたことがあるんだ。一矢にも話したことはないが……」
そうやって始まったのは、約6年前、私は高校1年生、創ちゃんは社会人1年目の12月の話だ。
「その頃には、もちろん一矢とも颯太とも、いい関係を築けていたと思っていた。だが社会人になり、旭河を取り巻く環境を知れば知るほど、俺は不安になった」
静かに語る創ちゃんの顔は、もう半分瞼が下りている。最初は力が入っていた背中に回った手も、だんだんと緩やかになっていっている。
「今回みたいな事件、いや、事件になる寸前の話など、グループ内ではそれなりに聞く話だった。やはり、同じ旭河の系列と言っても、力の大小はあって、少しでも上を狙いたいものはいたから」
専務が私を狙ったのは、株を使って旭河の経営に口を挟みかったのだろう、というのがいっちゃんの見解だ。他に株を持つものを取り込み、議決権を行使して自分たちの有利に持っていくつもりだったのでは、と創ちゃんも言っていた。
「だから俺は朝木家に、与織子のお父さんに、直接頼みに行こうと思ったんだ。うちの株を守って欲しいと」
うちが持っていた株がいったいどのくらいだったのかはわからない。けれど、創ちゃんがそんなことを思うくらいには持っていた、と言うことなんだろう。
「訪れたのはそのときが2回目。1回目は与織子を泣かせてしまったときだ。2回目は、平日の昼間だったし、与織子はいないだろう、と思っていた」
確かに、就職して創ちゃんに再会するまで、私の記憶では会ったのは1度きりだ。私は昔を思い返しながら、創ちゃんの顔を見る。もう瞳は閉じられ、口だけが動いていた。
「着いてから、俺は与織子と会った畑が懐かしくなって、まずそっちを見に行ったんだ。いったいどうなっているんだろうかと」
私が高校のころを思い返す。いや、たぶん、今もそこは変わらないはずだ。子どもの頃からの私の庭。私の菜園。そしてきっと、12月なら……。
創ちゃんも思い出しているのか、ふふっと息を漏らし口元を緩めた。
「立派な大根畑になっていて驚いたよ。あんな小さな葉が、こんなに大きくなるのかって。そしてそこに、それを楽しそうに収穫している与織子がいた」
「そんなところ、見られてたの?」
秋に蒔いた大根が収穫できる時期。そういえば、毎年期末試験休みのあたりに収穫してたっけ?と思い出した。
「そう。お前はキラキラしてて、とにかく楽しそうだった。それを見て、俺は思ったんだ……」
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