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二十年くらい前にも、こんな会話を美代子としたことがあった。
「まったくもう。今日は何日か分かってる? ただの土曜じゃないのよ」
「普通の土曜ではあるだろ」
「明美にとってはただの土曜じゃないって言ってんのよ。どれだけ楽しみにしてたと思うの?」
その日も、土曜の朝早くから部下に起こされ、取引先に向かうことになってしまっていた。前々から遊園地に行くと約束していた娘は、玄関先でむくれた顔をして、目一杯に涙をためながら泰雄を睨んだ。
「パパ、出かけるの? どこに?」
「ちょっと会社に行かなきゃいけなくなったんだ。すぐ終わらせるから、待っててくれるか?」
「遊園地じゃなくて? 会社に行くの?」
「遊園地にも行くよ。でもちょっと遅れて行く。ごめんね」
「朝から行くって明美と約束してたのに? なんで?」
「ごめんよ。大急ぎで終わらせるから」
「ママ……」
父親と話しても埒があかないと判断した明美は、隣に立つ母親を見上げて助けを求めた。美代子は明美を抱きあげながら言う。
「午後いっぱい遊びましょう、明美。午後は行けそうなのよね?」
「ああ」
「はい、じゃあ早くいってらっしゃい。ぱぱっと終わらせてきてね」
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