電脳漫才

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大きな窓の外には都会の美しい夜景が広がっている。  プロポーズには最高の場所だ。  ここは高級ホテルの最上階のレストラン。  俺は、目の前に座っている詩織との他愛無い会話が途切れたのをきっかけに、ためらいがちに言った。  「渡したいものがあるんだ」  「……なあに?」    ちょっと首を傾げる仕草が、キュートだ。  「わかってるだろう? エンゲージリング」  沈黙が流れる――  「あ、ああ! 朝顔を育てる時には、必需品ね」  「それは……園芸用リング!」  「正確にはつる巻リング支柱。楽天で110円で売ってるわ」  「ダイソーと変わらないじゃん!……って、そーゆー話じゃない!」  「じゃあリングじゃなくて、つるネットを使う?」  「君と朝顔の育て方を話し合うために、こんな素敵な場所を設定したんじゃない!」  「じゃあ、なんなの?」  「これだよ……」  俺は詩織の前に指輪の入った白いジュエリーケースを差し出した。  「これ、なんだか知ってるよね? ジュエリーケースだ」  「おいしいよね、あそこ。私はペペロンチーノを必ず頼むの」  「そ、それはジュエリーケースじゃなくて『ジョリーパスタ』。『ジ』と 『リ』しか合ってないよ!」  「のばす『ー』も合ってるよ」  「ゴメン……って、そんなこと言ってんじゃない!!」  「それで、そのジュエリーケースの中に、大事なものが入っているのね?」  「そう。ダイヤモンドだぜ!」  「体によさそう。チョコのもいいけど、ジュースになっている方が健康にいいって聞いてる」  「そうそう、豆乳より体によさそうって、それはダイヤモンドじゃなくて『アーモンド!!』。モンドしかあってない!」  「半分も合ってればギャグとして十分成立するでしょう」  「確かに……って、そんな話をしてるんじゃないでしょ!」  「ねえ、ダイヤとダイア、どっちが正しいと思う?」  「もうこの話題から離れたいんだけど」  「そうね、ダイヤだけに、硬い話題はやめようね」  「どうしても、オチをつけたいわけね」  「というか、ダイアよりダイヤの方がよく使われるみたいよ」  「なあ、俺と結婚したくないわけ!」  すると――詩織はシュンとなって俯いた。  「……結婚したいよ。でも、俊彦を幸せにすることは、私には無理。分っているでしょう、私はバーチャルなんだから」  そう、詩織はバーチャル女子。  俺の前の席には、等身大の詩織が座っている。が、これはホログラムだ。非常に精巧なので、近くで見ても本物の人間とは区別がつかない。  設定年齢は24歳。性格は明るくて、社交的。その上、おもいやりがバリバリある。  さっきからボケをかましていたのは、AIの判断によって、この場が気まずくならないように必死にギャグをかましていたのだ。どこまでも『ご主人様』を大切にしてくれるのだ。  でも、そんな詩織をどんなに好きになっても、触れ合うことはできない。Hどころかキスも手をつなぐことさえも……。  「俊彦、ゴメン、私はやっぱりあなたとは結婚できないよ」  「詩織、俺にいい考えがあるんだよ。それがこれ!」  パカッとジュエリーケースを開けると、そこにはダイヤモンドの指輪と一緒に、1枚のSDカードが差し込まれていた。  「SDカードね。これでどうするの?」  「これには俺のパーソナルデータが全部入っているわけ。これをお前のシステムに流し込んでやれば、俺たちは電脳空間で『楽しそうなこと』ができる。ねえ、いいだろう?」  俺がニヤッとすると、詩織が恥ずかしそうにしながら、「うん」と1度だけ頷いた。                  *  「さて、今日のトリは、ご存じ電脳夫婦(めおと)漫才の、トシ&シオリさんで~す!!」  テレビのバラエティ番組の司会者が、俊彦と詩織を紹介する。  今や二人はテレビはもちろん、ユーチューブなどのネット内のコンテンツでも超有名な漫才コンビとなっていた。  「ユーチューブのおかげで、私たち、デビューできたし、稼がせてもらってます! ありがとうございま~す!!」   「でもね、ユーチューブのおかげで忙しすぎで、私ら、ユーキュー(有給)欲しいです!」  「ちなみに電話はUQじゃなくてドコモで~す!!」  二人は本当に『楽しそう』であった……。                                                                              (了)
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