二番手の結婚

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 バーの暗がりは七難隠すなんて言ったりするが、なるほど確かに酒の力も相まって気持ちを大きくさせていた。  バーカウンターの隣の席には、モヒートを口にする沙奈絵が座っている、同窓会はひとまず終わりみんなが二次会に流れる中、一足先に帰途に就く僕を沙奈絵が追いかけてきて二人で少し話そうということになったのだ。 「それで健一くんは最近どうなの?」 「どうって言われても、仕事はとりあえず順調だよ」  彼女の方へと少しだけ身体を開く。 「いや、仕事のことじゃなくて。そろそろ結婚とか考えないのかってこと。付き合っている人とかいるんでしょ?」  彼女の言葉に僕は心の中でため息をはいた。 「付き合っている人は今はいないよ」  そう言ってから彼女をこっそりと一瞥する。  恋愛で長続きしたことがなかった。だからというわけではないが結婚を考える人と出会えるのは当分先な気がしてならない。  様々な種類のボトルが並べられたバックボードに向けていた視線を動かし、チラリと彼女を覗き見た。 「健一くんモテそうなのにね」  その言葉に苦笑がもれる。 「沙奈絵ほどじゃないよ」  僕の言葉に今度は沙奈絵が笑った。 「否定はしないんだね。それだったら尚更いつでも結婚できるんじゃないの」  否定をしないという意味では沙奈絵も一緒だ。 「まあ、もう三十過ぎたからそろそろ結婚したいって気持ちはあるんだけどね。ただどうもいい相手と出会えなくて――」  そう言いながら彼女の表情をチラリとうかがった。  考え込むような不服そうな残念そうなそんな表情だった。 「私と結婚したらどんな風になっていたんだろうね」 「え? なんだって?」  彼女のボソリと言ったあまりにも突拍子もないセリフが音どおりの意味なのか確信が持てずに聞き返した。  すると彼女はクスリと笑ってなんでもないと答えたのだった。 「沙奈絵と結婚できたら幸せだったかもな」  そう言い返すことでなんとか平静を装う。  表には出さないようにしているとは言っても脳内では彼女の言葉が反芻していた。  そしてその言葉は心の奥に押し込めたドロドロした感情、羨望や恨みに近いそんな感情が溢れ出させていた。 「なんだ、聞こえてたんじゃない」  もう一度クスリと笑った沙奈絵は元々近かった距離を更に寄せて僕の太ももにそっと手を乗せた。  スーツ越しに彼女の熱が伝わってくる。  僕はその手にそっと自分のそれを重ねた。 「今だから言うけど、健一くんのことずっと好きだったんだよ」  寝耳に水、とは言わない。  でもそんな約十五年ぶりの告白なんて聞きたくなかった。  もう何もかも遅すぎるのだ。  そう思って彼女に目をやる。  彼女は僕のことを真っ直ぐと見つめていたのだ。  紅潮した頬に潤んだ瞳が色っぽかった。  高鳴る心臓をそのままに彼女を見つめ返し、取った手を両手で握った。 「時間も遅いし、そろそろ帰ろうか」  高鳴る気持ちに水を差す彼女の提案で我に返った。  握った手を反射的に離す。 「あ、うん。そうだね。帰ろうか」  息を一度吐いて、バーテンダーに会計を頼む。  繁華街の夜は日付が変わろうとしていても人通りも多く、沙奈絵は僕の手を握り、身を寄せた。 「健一くん、うちまで送ってくれる?」  耳元でそう囁かれて断る理由が僕にはなかった。
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