門出を飾るスイートピー

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 蘭の目の前にいるのは腕まくりしていたシャツを戻し、ノリの良さが影を潜めた総務部人事担当の伊藤だ。新人研修では見たことのない、笑ったことなんて人生で一度もありませんという顔をしている。  ――どっちが本当の伊藤さんなんだろう。  どっちも伊藤だ。大人だし、場面によって使い分けているのだろうけど、差が大きくて戸惑ってしまう。  それよりも自主退職ってどういうことだろうか。  緊張と恥ずかしさ、そのあとにやってきた凍り付く空気と後悔。自分の感情が目まぐるしく変化して、内容を理解するのに頭がついていかない。  蘭が言われた内容を理解できていないと即座に判断した伊藤は、もう一度同じ言葉を繰り返し、そうでなければと一呼吸おいて言葉を続けた。 「明日から人材派遣会社に通って次の仕事を見つけるのが、沢口さんの仕事になりますけど、よろしいですね」  有無を言わせない伊藤の声は、死刑宣告に聞こえた。  ――どうして私が? 何かした?  すがるように伊藤を見れば、彼の目は全く笑っていない。人の価値を見定めるかのような冷たい目をしている。  目の前にいる伊藤たちが、どこか遠くにいるような感覚に襲われる。
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