門出を飾るスイートピー

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 新人研修のときも伊藤は、昔のお昼番組に使われていたリアクションを新人たちにハイテンションでやるよう求めていた。体育会系やノリのいい子はハイテンションで応じていたが、蘭のようにそうでもない人間は普段と変わらないテンションだった。  あの時は同期みんなでやっていたけれど、一人でやるのはちょっと恥ずかしい。しかも総務部長の前で。  その総務部長が驚いていないかと、総務部長を盗み見て蘭は凍り付く。突き出した手が氷の重さに耐えかねるように、ゆっくり下がっていく。  総務部長は先ほどまでの温和な表情がなく、感情の全く見えない表情で資料をパラパラとめくっている。自分はずっと資料を見ていました、何も見ていませんよというスタンスだ。  完全に滑った。  凍り付いた空気に右手は膝の上に戻る。蘭の頭も冷たい空気に耐え切れず、下を向いてしまう。  口が渇く。唾さえ出てこない。芸人さんってスゴイなと場違いな考えが浮かぶ。 「沢口さん、自主退職する気はありませんか」 「え?」  ――今の反応が悪かったから?  伊藤の声に、蘭は顔をあげる。
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