結婚の条件は「ちはやぶる」

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3  祖父は古典落語が好きで、よく小学生の俺にも聞かせてくれた。祖父の語る落語は面白く、母親から「いい加減にしなさい!」と怒られるまで、何度も何度も頼み込んで聞かせてもらったものだ。流石に祖父も苦笑いしていた。  特にお気に入りの話があった。それが「ちはやぶる」だった。  「ちはやぶる」と言っても、在原業平の話ではない。いや、その歌に関する話ではあるのだが……。あらすじはこうだ。「ちはやぶる」の歌の意味について娘から尋ねられた八五郎という男が博識で有名なご隠居の下を訪ねる。実はご隠居も「ちはやぶる」の歌の意味を知らなかったが、「知らない」と答えるのは癪だと考え、即興で適当な解釈を披露する。 「昔々、とある人気大関の『竜田川』という男が居た。この男が𠮷原遊郭へ遊びに行った際、『千早』という花魁に惚れてしまった! ところが、千早は力士が嫌いだったから竜田川は振られてしまう。これが『千早振る』だ。次に竜田川は千早の妹分の『神代』にも言い寄るが、『姐さんが嫌いな人は、わちきも嫌でありんす』と言う事を聞かない。これが『神代も聞かず竜田川』だ。この一件がきっかけで成績不振となった竜田川は力士を辞め、実家に戻って家業の豆腐屋を継いだ。数年後、竜田川の店に女乞食が現れ、『おからをください』と言った。最初は喜んで分けてあげようとした竜田川だったが、ふと女乞食の顔を見ると、それは落ちぶれた千早の成れの果てだったのだ。竜田川は『誰がやるか!』と激怒し、千早を思い切り突き飛ばす! 井戸の傍に倒れ込んだ千早は『こうなったのも自分が悪い』と井戸に飛び込み、入水自殺を遂げた。これが『から紅に水くぐる』ってぇやつだな」  何故か、祖父の声で脳内再生される。おっと、まだ終わりではなかった。 「最後に八五郎。『それじゃあ、最後の「とは」の意味が分からないじゃあないですか!』って言う。すると、咄嗟の機転でご隠居はこう言ったんだな。『それはあれだ。千早は源氏名で、彼女の本名が「とは(とわ)」って訳だ』」  結局、最後まで祖父の声で脳内再生された。まぁ、大体、こういう話だったと思う。  もしや、小浅さんの求めているのは実はこちらの話なのではないだろうか?  よく考えれば、「ちはやぶる」と聞いて「在原業平」を思い浮かべるのは当たり前すぎる。ここで当たり前の話をしてしまえば、「つまらない男ね」と思われてしまうかもしれない。実は彼女が求めているのは「古典落語」の話ではないだろうか?  いや、仮に彼女が純粋に古文に興味があり、純粋に「ちはやぶる」の歌について聞きたかったとしよう。だが、俺が祖父から聞いた落語の話を持ち出せば 「え? 古典落語にも『ちはやぶる』ってあるんだ! 知らなかった! 君って物知りなんだね。もっと、色々と聞かせてくれないかな?」 と良い感じになる可能性もゼロではない。  気分は恋愛シミュレーションゲームの主人公だ。どういう解答をすれば、彼女の好感度を上げられるのだろうか……。  しばらく、考え込む。そして、俺は祖父の教えの方を信じることにした。
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